独自立場: 穂発芽リスクは品種選択と収穫前3日間の具体的な意思決定で大半が決まる。競合記事が「適期収穫が大切」と述べるだけで示さない「粒水分の閾値と天気予報を使った逆算スケジュール」「品種ごとの耐性の具体的差」を農家の判断フローとして示す。
ターゲット読者: 西日本(九州・関東以西)の小麦生産者、特にミナミノカオリ等の穂発芽リスクが高い品種を作付けしている農家、JA営農指導員
梅雨入り直前の6月。天気予報に「3日後から雨」と出た朝、あなたはコンバインを出すべきか待つべきか。粒水分計の数字は28%。まだ刈れる状態ではない。しかし雨が続けば穂発芽のリスクが跳ね上がる。こうした判断を、根拠のある数値と手順で整理したのが本稿だ。穂発芽は運ではない。品種の性質を把握し、収穫前の気象変化に対して具体的な閾値をもって動けば、大半のケースでリスクを下げられる。
穂発芽が起きると品質はどう変わるか
穂発芽とは、収穫前の圃場で小麦の粒が穂のついた状態のまま発芽してしまう現象だ。発芽が始まると種子の中でアミラーゼ(デンプン分解酵素)が急激に活性化し、粒内部のデンプンが分解される。この変化は外から見えない初期段階でも製粉評価に影響を与え始める。
製粉品質の評価に使われるフォーリングナンバー(降下時間法、FN値)は、小麦粉中のアミラーゼ活性を間接的に示す指標だ。FN値が低いほどアミラーゼ活性が高く、製粉側から「使えない」と判断される閾値は品種や用途によって異なるが、国産小麦の主要用途では概ねFN値200秒以下で問題が生じるとされる(農研機構・小麦品質評価資料より)。
穂発芽粒が混入した小麦は、等級が一段下がるだけでなく、製粉会社から受け取り拒否またはA等外扱いとなるケースがある。2020年以降、西日本産小麦でこうした品質問題が複数県で報告されており、農林水産省の生産動向調査でも西日本の等級低下要因の一つに梅雨期の穂発芽が挙げられている。被害を受けた農家が損をするのは収穫その年だけではない。JA出荷実績に穂発芽リスクの高い農家として記録されれば、翌年以降の出荷条件や営農指導の優先度にも影響が出る。
穂発芽と赤かび病の混同に注意
現場では「麦が黒くなった」という訴えを農家から受けたとき、JA担当者が赤かび病と穂発芽の両方を考慮する必要がある。赤かび病は穂軸の褐変と白穂が症状として現れるのに対し、穂発芽は粒そのものから芽が出て穂が白茶けた状態になる。視覚的には似た場面もあるが、対応策は異なる。赤かび病は防除タイミングの問題であり、穂発芽は収穫タイミングの問題だ。本稿は穂発芽に絞って整理する。
穂発芽が起きやすい条件——気温・水分・品種の3要素
穂発芽の発生には3つの条件が重なる必要がある。気温・粒水分・品種の穂発芽感受性だ。この3つのうち農家がコントロールできるのは収穫タイミング(粒水分)と品種選択のみで、気温は所与の条件として扱う必要がある。
気温15〜25℃と粒水分16%超が「赤信号」
穂発芽が起きやすい気温帯は15〜25℃で、この温度範囲では発芽に必要な酵素活性が高まりやすい。農研機構の研究(「穂発芽の発生生態と品種特性」2015年)によれば、25℃を超えると発芽速度は鈍化するが、梅雨時の西日本は15〜25℃が続く日が多く、穂発芽にとって好適な温度帯が収穫期と重なる。
粒水分については、概ね14%以上で穂発芽の素地が生まれ、16%を超えると急速に進行しやすいとされる(九州沖縄農業研究センター・品質管理技術資料)。収穫適期の目安とされる粒水分25〜20%の範囲はまだ安全圏だが、雨が続いて粒が再吸水すると水分が20%を超えた状態に戻り、その状態で気温が15〜25℃に当たれば穂発芽が走る。
3日以上の雨が続くとリスクが急上昇する理由
農家がよく口にする「3日雨が続いたらアウト」という感覚は根拠がある。収穫適期を迎えた小麦の穂は表面に細かい毛(ふ毛)があり、雨水を保持しやすい構造だ。1〜2日の雨なら粒の表面が濡れても内部の水分は急上昇しないが、3日以上連続すると粒が再吸水し、粒水分が一気に上昇する。この段階で気温が20℃前後であれば、穂発芽の進行が24〜48時間以内に外観でわかる程度まで達することがある。
農研機構が運営する「作物の栽培管理支援システム(NARO CROPS)」には穂発芽危険度予測機能が搭載されており、品種・播種日・気象データを入力することで収穫前の危険度を予測できる(https://crops.dc.affrc.go.jp/)。この予測を収穫判断に組み込む手順については後述する。
品種が穂発芽リスクを決める——ミナミノカオリの問題と選択肢
穂発芽感受性は品種によって大きく異なる。農研機構の品種登録データベースおよび品種特性一覧(農研機構 小麦品種特性表2023年版)には、品種ごとの穂発芽耐性評価が記載されている。
ミナミノカオリは「しばしば穂発芽が発生」と農研機構が明記している
西日本の主力品種の一つであるミナミノカオリは、農研機構の品種特性表において穂発芽発生について「しばしば発生する」と評価されている。九州・四国での普及面積が大きく、品質(中力粉として高い製パン性)から引き続き作付けが行われているが、梅雨と収穫期が重なる西日本では穂発芽被害が毎年一定割合で報告される。
ミナミノカオリを作付けしている農家が穂発芽に直面するのは品種の性質上避けられない側面があるが、それを理由に「仕方ない」と諦めることは損失の最大化につながる。後述する収穫タイミングの判断フローで対応できるケースは多い。
耐性が強い品種と改良品種
農研機構の品種特性評価で穂発芽耐性が「強」または「やや強」とされる品種には、銀河のちから(北海道向け)、夏黄金(東北向け)、ナンブキラリ(東北向け)などがある。ただしこれらは地域適性があり、西日本の気候条件では収量性や病害抵抗性が変わる。
西日本向けの改良という観点では、農研機構九州沖縄農業研究センターが育成した「はる風ふわり」および「はるみずき」がある。両品種ともミナミノカオリの品質特性を継承しつつ穂発芽感受性を改善したとされており、農研機構の試験成績(2022年度)でもミナミノカオリ比で穂発芽発生率が低い結果が出ている。ただし普及段階の品種であり、地域のJAや普及センターに作付け適性を確認した上で導入を判断する必要がある。
品種を変えられない農家がとれる対策
契約栽培・JA指定品種の関係で品種を変更できない農家は少なくない。その場合は収穫タイミングの管理で対応するほかなく、次章で述べる粒水分と天気予報を組み合わせた判断フローがより重要になる。
収穫前の粒水分と「いつ刈るか」の判断フロー
穂発芽を防ぐための最大の武器は収穫タイミングの前倒し(若刈り)だが、若刈りは収量・品質・乾燥コストとのトレードオフになる。闇雲に早く刈れば損、遅く刈れば穂発芽で損という構造の中で、どこで決断するかを数値と手順で整理する。
収穫適期は粒水分25〜20%——この窓が閉じる前に刈る
農水省の「小麦収穫管理指導指針」では、収穫適期を粒水分25〜20%としている。粒水分が25%を超える段階では粒が完熟しておらず乾燥コストが増大する。20%を下回ると収量のロスと品質の低下が始まり、さらに乾燥しすぎると脱粒が増える。
穂発芽リスクの高い条件下では、粒水分22〜23%前後での収穫判断を検討することが現実的な選択肢になる。この段階では乾燥コストが若干増えるが、3日分の降雨リスクを考慮すれば経済的に合理的な判断になりうる。
具体的な計算例を示す。10aあたりの収量が400kgとして、若刈りで粒水分が3ポイント高い状態(25%vs22%)で収穫した場合の追加乾燥コストは、乾燥料金1%点につき概ね10〜15円/60kgとすると、400kg÷60kg×3点×12円=240円程度(推定・要確認)だ。一方、穂発芽が発生して等級が一段下がった場合の価格差は、地域・年によるが1等と2等の価格差は1,000円/60kg前後(推定・要確認)に達することがある。この数値を農家ごとの面積・収量・乾燥費用に当てはめて判断するべきで、一般解として「早く刈れ」とは言い切れないが、梅雨の気配が出た段階では若刈りの計算式を出しておく習慣が重要だ。
天気予報を使った逆算スケジュール——7日前から動く
穂発芽の判断フローを時系列で整理する。
出穂から30〜35日後(収穫の10〜14日前)の時点で、今後2週間の週間天気予報を確認する。3日以上の降雨が見込まれる場合、現在の粒水分を計測して以下の判断を行う。
粒水分が30%以上の場合は、刈り取りまでまだ日数が必要な状態だ。圃場によっては若刈りの余地がなく、品種特性上穂発芽耐性が低い(ミナミノカオリ等)なら、農研機構の危険度予測で具体的なリスク日を確認した上でJA担当者と収穫日を前倒しできるか相談する。
粒水分が25〜27%の場合、天気予報で3日以上の雨が7日以内に見込まれるなら若刈り(22〜23%到達予測日を目標に前倒し)を判断する。コンバインの空き・乾燥施設の受け入れ枠・圃場の地耐力(雨後の走行可否)を同時に確認する。
粒水分が22〜24%の場合、降雨予報にかかわらず刈り取りを実施するか否か最終判断する。圃場ごとの穂の状態(垂れ下がりの程度)を直接確認し、外観で穂発芽の初期兆候(穂の一部が白茶け始めていないか)を点検する。
コンバインの作業競合と優先順位の決め方
複数圃場を管理する農家は、コンバインの稼働日程が限られる中で「どの圃場から刈るか」の優先順位をつける必要がある。以下の順で優先度を設定するのが基本だ。
穂発芽耐性が低い品種の圃場を最優先とする。次に、低地・湿地・水田転換圃場(地下水位が高く圃場内水分が上がりやすい)を優先する。高地・砂壌土・排水良好な圃場は後回しにできる。これを収穫2週間前までに圃場ごとにリストアップしておくと、当日の判断が早くなる。
農研機構の穂発芽危険度予測をどう使うか
農研機構が提供する栽培管理支援システム(NARO CROPS、https://crops.dc.affrc.go.jp/)には、「子実水分・穂発芽危険度予測」機能が含まれている。アカウント登録後に圃場情報・品種・播種日・気象観測点を設定すると、収穫前の子実水分推移と穂発芽危険度を日単位で予測するグラフが表示される。
予測の読み方と収穫判断への組み込み方
予測画面では危険度が「低・中・高」の3段階で示される。「高」が予測された日の2〜3日前が、農家にとっての実質的な収穫判断のXデーとなる。コンバインの手配・乾燥施設の予約・圃場への入圃可否は前日〜当日の判断では間に合わないため、「高」予測が出た段階で即座に動く体制をあらかじめ整えておく必要がある。
このシステムは気象庁のアメダスデータと連動しているため、地域の気象観測点を正しく設定しないと予測精度が落ちる。山間部や沿岸部など局所的な気象差が大きい地域では、最寄りの観測点を必ず確認すること。
収穫後に穂発芽が見つかった場合の処置
収穫後の選別工程で穂発芽粒が一定割合以上混入していることが判明した場合、選別機での分離を試みることになる。穂発芽粒は比重が軽くなるため、比重選別機での分離はある程度有効だ。ただし、外観では健全に見えても内部のアミラーゼ活性が上昇している粒は選別で取り除けない。この段階ではフォーリングナンバー検査でロット全体の品質判定を受けるのが確実だ。
等級判定と出荷先の確認
FN値による品質判定の結果によっては、食用小麦としての出荷から飼料用への振り替えが求められることがある。飼料用への転換は価格が大幅に下がるが、食用として出荷して製粉会社でクレームが発生するよりは農家の信頼維持という観点で合理的な判断となる場合がある。
穂発芽が発生したロットについては、JA担当者と早期に情報共有し、農業共済(農業保険)の申請可否を確認することも重要だ。気象条件が原因の場合は収入保険の対象となりうる。
まとめ——穂発芽で損をしないための3つの判断軸
穂発芽を防ぐための行動は3つの軸で整理できる。
第一は品種選択だ。穂発芽耐性の低い品種(ミナミノカオリ等)を作付けしている場合は、代替品種(はる風ふわり・はるみずき等)への切り替えを検討する余地があるかをJAと確認する。品種を変えられない場合は、穂発芽リスクが高いという前提で収穫管理を組む。
第二は粒水分の逐次計測だ。出穂から25〜30日後をめどに週2回程度の水分計測を圃場ごとに実施し、粒水分の推移を把握する。気象予報と水分値を突き合わせ、「3日後に雨・現在粒水分25%」という状況が来た時点で若刈りの意思決定を行う。
第三は農研機構の穂発芽危険度予測の活用だ。予測で「高」が出る2〜3日前を実質的なXデーとして、コンバインと乾燥施設の手配を動かす。予測を見る習慣をつけるだけで、「梅雨が来てから慌てて判断する」状況を避けられる。
穂発芽は梅雨が来る前から防ぐものだ。品種・粒水分・天気予報の3つを組み合わせた判断を収穫2週間前から始めることが、被害を最小化する唯一の手段である。
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