水田転換1年目の小麦が黄変する本当の理由——稲作農家が見落とす排水の3つの落とし穴

稲作農家が小麦に転換して最初の冬、圃場が黄変する。あるいは出芽がまばらで生育がそろわない。「田んぼをそのまま使ったら駄目だった」という声は毎年どの地域からも聞こえる。原因として排水が挙げられることは農家も知っている。しかし「暗渠を入れて、明渠を掘って対策した」のに改善しないケースが繰り返される。問題は対策方法を知っているかどうかではない。稲作に最適化された圃場の構造を理解した上で、どこが機能していないかを先に診断できているかどうかだ。本記事はその診断の手順と、圃場タイプ別の施工優先順序を整理する。

目次

小麦が湿害を受ける仕組み——水稲とは根本的に違う耐水性

水稲は湛水状態で生育するよう進化した作物だが、小麦は真逆だ。農林水産省「小麦栽培のポイント」(https://www.maff.go.jp/j/seisan/gijutsuhasshin/techinfo/attach/pdf/komugi-3.pdf)には「小麦は耐湿性が弱く、湿害を受けやすい作物です。土壌が湿りすぎていると、播種時の発芽不良、生育期間中の茎数や穂数不足、粒の充実不足などの生育障害を招きます」と明記されている。

小麦の根は酸素を必要とする好気的環境でしか正常に機能しない。土壌水分が過剰になると根の周囲の酸素が消費され、嫌気的環境に変わる。この状態が24〜48時間続くと、根の呼吸が阻害されて養水分の吸収が低下し始める。外から見ると、播種後2〜3週間で葉先が黄化し始める。農家が「黄変した」と気づく頃には、根のダメージはすでに相当進んでいる。

同じ農林水産省の資料によれば、地下水位は40〜50cm以下を目標にする必要がある。圃場に50cm程度の穴を掘って地下水が確認できる場合は湿害を受けやすい条件にある。多くの稲作農家の圃場では、この地下水位基準を転換直後に満たせていないことが多い。

耕盤層が小麦の根の天井になる

稲作圃場には必ず「耕盤層(こうばんそう)」が存在する。これは代かきと機械の走行によって深さ15〜20cmあたりに形成された硬い層で、水稲の生育を支え、水漏れを防ぎ、機械が走行できる地耐力を確保するために稲作では不可欠な構造だ。

しかし小麦にとってこの耕盤層は根の伸長を妨げる障害物になる。小麦の根は理想的には40〜50cmまで伸びて土壌の養水分を吸収する。耕盤層がある圃場では根がその下まで届かず、浅い根域に制限される。雨が降れば耕盤層の上に水が溜まり、乾いた日が続けば浅い根域では水分不足になる。稲作で問題なく使えた圃場が、小麦では生育が不安定になる構造的な理由の一つがここにある。

転換1年目に稲作農家が踏む3つの失敗パターン

失敗①:既設暗渠を「使える」と思い込む

多くの稲作圃場には古い暗渠が入っている。農家は「うちは暗渠があるから大丈夫」と考えがちだが、暗渠は設置したまま放置すると機能が低下する。熊本県農業研究センターの試験成績(アグリくまもと掲載、2023年)によれば、暗渠排水不良の原因として「排水路水位・立ち上がり管の閉塞・耕盤層・吐出口の付着物・疎水材の劣化」など複数の要因が重なることが多い。

稲作期間中に暗渠が正常に機能していても、小麦転換後に問題が顕在化するのは、排水量が稲作時と桁違いに違うからだ。水稲では水を「貯める」方向に圃場を管理するが、小麦では「速やかに外に出す」方向に変える必要がある。吐口の詰まりや排水路との接続の劣化が稲作時には問題にならなくても、小麦では致命的な排水不良につながる。

具体的な確認方法は後述するが、転換前に暗渠の吐口(排水路に開口している部分)を必ず目視確認することが第一歩だ。吐口が土砂で詰まっているか、逆に排水路の水位が上がって逆流する状態になっていないかを確認する。

失敗②:明渠を掘ったが「出口がない」

額縁明渠(圃場の周囲を一周する排水溝)や縦溝を掘っても、その溝が圃場外の排水路に接続されていなければ意味がない。稲作農家の圃場では、圃場内の水を排水路に流すための勾配・接続口が、麦作に必要な配置と異なっていることがある。

典型的な失敗例は「額縁明渠を掘ったが、圃場外の排水路まで溝が届いていない」「溝の出口が畦畔でせき止められている」という状態だ。この場合、溝に水は入るが外に出られず、溝が水を圃場内に溜める構造になってしまう。転換初年の播種後に雨が続き、「明渠を掘ったのに黄変した」という経緯の多くはこのパターンだ。

失敗③:中干し感覚で地下水位を甘く見る

稲作農家には「中干し」の経験がある。6月ごろに圃場の水を落として土を固め、地下水位を一時的に下げる管理だ。しかし中干しは稲の生育ステージに合わせた期間限定の管理であり、その後は再び入水する。

小麦の排水管理は「常時」地下水位を40〜50cm以下に保つことが目標だ。中干し経験がある稲作農家は「水を落とせばいい」という感覚を持つが、小麦の作期(秋播き→翌夏収穫)は梅雨から集中豪雨の時期をほぼ全て含む。「たまに水を落とす」管理では追いつかず、常時排水できる基盤整備が前提として必要になる。

施工の前にやる「圃場診断」——3つの確認で優先順序が決まる

排水対策を施工する前に、圃場の状態を確認することで施工内容と優先順序が変わる。全ての圃場に同じ対策をするのは非効率で、圃場の実態を知らずに施工すると「やったのに効かなかった」になる。

確認①:地下水位(簡易穴掘り法)

圃場の代表的な3〜4か所に、直径10cm・深さ50cmの穴を掘る。翌日に水が溜まっているかどうかを確認する(雨の直後は避ける)。水が溜まっていれば地下水位が50cm以浅にある状態で、湿害リスクが高い。水が出ない圃場は地下水位の問題よりも表面排水(地表水の滞留)が主因の可能性が高く、対策の方向が変わる。

確認②:耕盤層の深さと硬さ

ペネトロメーター(土壌硬度計)で深さ15〜20cmの土壌硬度を計測する。2.0MPa(約20kgf/cm²)以上の抵抗が計測される場合は、耕盤層が存在して根の伸長を阻害している可能性が高い。この場合はプラソイラ(サブソイラ)または弾丸暗渠による耕盤破砕が必要になる。ペネトロメーターがない場合は、スコップを圃場に刺して手応えの変化する深さを確認する方法でも代用できる(精度は低下する)。

確認③:既設暗渠の機能確認

暗渠の吐口(排水路への出口)を現物確認する。吐口が土砂で詰まっている・蓋が閉まっている・排水路の水位が吐口より高くなっている(逆圧)という状態は、暗渠が全く機能していないことを意味する。立ち上がり管(圃場内に顔を出している管)の有無も確認し、存在する場合は蓋を外して管内を懐中電灯で確認する。泥が詰まっていれば洗浄が必要だ。

圃場タイプ別の排水対策施工優先順序

重粘土圃場(グライ土・泥炭土・低湿田)の場合

排水性が構造的に低い重粘土圃場では、複数の対策を組み合わせる必要があり、施工の順番が重要になる。

第一優先は「額縁明渠と縦溝の整備と排水路への接続確認」だ。地表面の滞水を素早く外に出す地表排水が整っていないと、後続の地下排水対策が機能しない。掘った溝が確実に排水路まで繋がっているかを確認しながら施工する。

第二優先は「プラソイラまたは弾丸暗渠による耕盤破砕」だ。耕盤層を破砕することで降雨後の水が地下に浸透しやすくなり、地表の滞水時間が短縮される。弾丸暗渠の施工深さは40〜50cmが標準で、間隔は50〜100cm程度が目安だ(農林水産省技術情報)。浅すぎると耕盤層を貫通できず効果が限定的になる。稲作農家がよく犯すミスは「深く入れると稲作に戻すとき困る」と考えて施工を浅くすること(25〜30cm程度)で、これでは耕盤層の下まで届かず水の通り道が作れない。施工前に確認②で計測した耕盤層の深さをもとに、それより5〜10cm深く施工する深さを設定することが重要だ。

第三優先は「暗渠の新設または既設暗渠の洗浄・更新」だ。暗渠は効果が高い反面、コストが大きい。地表排水と耕盤破砕を先に整備して効果を確認してから、それでも改善しない場合に暗渠新設を検討する順番が投資対効果の観点で合理的だ。

砂壌土・中間的土壌の場合

砂壌土・中粒子土壌圃場では、地下への浸透は速いが地表面への排水接続が不十分なケースが多い。

第一優先は「額縁明渠と排水路接続の整備」で重粘土と同じだ。しかし砂壌土では耕盤層が薄いか存在しない場合もあり、その場合はプラソイラによる心土破砕のみで地下水位が改善することがある。施工前の確認②(ペネトロメーター)の結果で判断する。

転換初年度に最低限やるべき施工はこの圃場タイプが最も軽く、額縁明渠+プラソイラ1回で対応できるケースも多い。ただし前作に水稲が続いていた圃場では耕盤層が残っている可能性があり、確認を省略しないこと。砂壌土圃場でも播種後に地表が乾きにくい場合は、表土の締まり(スコップを刺した感触)を再確認することで問題の切り分けが早い。

排水対策をしたのに効果が出ない——症状別診断フロー

「対策をしたが改善しない」場合は、症状ごとに原因が異なる。

播種後に圃場の地表面が数日間濡れたままになる・水溜まりが残る場合は地表排水(額縁明渠・縦溝)の機能不全が疑われる。溝が浅い・出口が塞がれている・勾配が不十分で水が流れないという原因が多い。雨後に圃場を歩いて溝に水が流れているかを目視確認する。

地表は乾くが根元の土を掘ると湿っている・根が浅くしか伸びていないという場合は耕盤層が残っている可能性が高い。プラソイラの施工深さが耕盤層に届いていないか、弾丸暗渠の間隔が広すぎて未処理エリアがある可能性がある。この場合は施工深さを確認した上でプラソイラを追加施工する。

地下水位が目標値(40〜50cm以下)に達しない場合は暗渠の機能不全が疑われる。確認③の手順で吐口・立ち上がり管を点検し、詰まりや逆圧がないかを確認する。熊本県農研センター(アグリくまもと、2023年)の技術フローでは、暗渠排水不良の原因として排水路の水位・立ち上がり管閉塞・耕盤層・疎水材劣化を挙げており、複数要因が重なるケースも多い。原因を1つと決めつけず複数を同時確認することが時間の節約になる。

転換後の維持管理——暗渠は設置したら終わりではない

暗渠を設置した後は年1回の定期点検が必要だ。秋の播種前(9〜10月)に吐口の状態を確認し、土砂の堆積や草の侵入がないかをチェックする。立ち上がり管がある圃場では蓋を外して内部を確認する習慣をつける。

田畑輪換(数年後に稲作に戻す)を想定している場合は注意点がある。プラソイラによる耕盤破砕は稲作復元時に水持ちが低下する原因になる。復元田では代かき用水が通常の1.5〜2倍必要になるケースがある(一般社団法人北海道農産協会「北海道の米づくり」田畑輪換の章)。稲作に戻す前に畦ぬりと漏水箇所の確認を行い、用水量の確保計画を立ててから入水する。

まとめ——転換1年目を乗り越えるための3つの行動

転換前に「圃場診断3点セット(地下水位・耕盤層・既設暗渠の機能確認)」を実施することが、無駄な施工コストと初年度の失敗を防ぐ最短経路だ。

診断結果に基づき、圃場タイプ別の施工優先順序を守ること。重粘土圃場では地表排水→耕盤破砕→暗渠新設の順で投資対効果を確認しながら段階的に施工する。全部を一度にやろうとするとコストが膨らみ、どの対策が効いたかもわからなくなる。

稲作農家が持つ「水を貯める」という圃場管理の発想を「常時速やかに外に出す」という方向に切り替えることが、排水管理の根本にある。排水対策の工法を知ることと、その発想の転換が両方できたとき、転換1年目の失敗を避けられる。

この記事を書いた人

精密農業編集部

精密農業編集部は、農業の現場で起きる「うまくいかない」「判断に迷う」といった状況に対して、原因や条件を整理し、考え直すための材料をまとめています。

農家の方が自分の圃場や条件に照らして判断できるよう、事実・前提条件・注意点を中心に情報を構成しています。

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