じゃがいもは植物防疫法の中でも特に厳重な管理が敷かれてきた作物です。栄養体で増殖する性質ゆえのリスクを背景に、国内の種イモ増殖体制から海外からの輸入規制、そして今まさに動いている米国産生鮮ジャガイモの輸入解禁協議まで、法制度の全体像を整理して解説します。
植物防疫法における「じゃがいも(馬鈴しょ)」の位置付けと検疫の重要性
じゃがいもは種子ではなく塊茎という栄養体で増殖する作物であるため、他の作物以上に病害虫管理が難しいという特徴があります。この特性が、植物防疫法上でじゃがいもが特別な扱いを受ける理由につながっており、法律上の位置づけを理解することが検疫制度全体を読み解く出発点になります。
なぜじゃがいもは厳重に管理されるのか:ウイルス病や悪質病害虫のリスク
じゃがいもは種子ではなく塊茎(イモ)を植え付けて増殖する栄養繁殖性の作物であるため、親イモが持つウイルス病や細菌病がそのまま子イモに引き継がれ、世代を重ねるごとに感染が蓄積・拡大しやすいという弱点を抱えています。さらに、じゃがいもがんしゅ病菌のように土壌中で数十年単位の長期間にわたって生存する病原体や、ジャガイモシストセンチュウ・ジャガイモシロシストセンチュウのように寄主植物がなくても20年以上生存するとされる土壌線虫も知られています。これらは一度圃場に侵入すると根絶が極めて困難で、感染した圃場では収量や品質が著しく低下し、最悪の場合は出荷そのものができなくなります。栄養繁殖性であることに加え、病原体の生存期間が極めて長いという二重のリスクが、じゃがいもを植物防疫法上とりわけ厳重に管理すべき作物として位置づける根拠になっています。
法律に基づく「指定種苗」としての馬鈴しょ検疫の役割
こうしたリスクに対応するため、じゃがいもは植物防疫法第13条が定める「指定種苗」に指定されており、種苗生産者は毎年その栽培地において植物防疫官の検査を受けなければなりません。この検査に合格し合格証明書の交付を受けたものでなければ、種苗を譲渡したり、検査を受けた栽培地の属する都道府県の区域外に移出したりすることはできません。具体的な検査基準は「種馬鈴しょ検疫規程」に定められており、検査対象の有害動物としてジャガイモガ、ジャガイモシストセンチュウ及びジャガイモシロシストセンチュウが、有害植物として馬鈴しょのウイルス病、輪腐病菌、そうか病菌など複数の病原体が列挙されています。健全な種イモの供給を法律で担保することが、国内のじゃがいも生産基盤全体を病害虫のまん延から守る出発点になっているのです。
国内における「種馬鈴しょ(種イモ)」の検査・増殖システム
健全な種イモを農家に届けるためには、原原種から採種にいたる複数段階の増殖過程それぞれで厳格な検査が求められます。一段階でも管理が緩めば病害が下流の生産現場全体に広がりかねないため、ここでは種馬鈴しょが生産者の手元に届くまでの仕組みを解説します。
高品質な種イモを守る「原原種・原種・採種」の供給体制と検疫規程
種イモの増殖は、独立行政法人(現在は国立研究開発法人農研機構傘下)の種苗管理センターが生産する「原原種」を起点としています。種苗管理センターは、病害のまん延を防ぐため、種苗増殖の起点となる健全無病な原原種を安定的に生産・供給する役割を担っており、都道府県からの申請に応じて、国が定める配布要綱に基づき原原種を配布しています。配布を受けた都道府県では、原種ほ及び採種ほの設置計画書を提出したうえで原種・採種の生産を行い、これらの生産者は登録を受けた者に限定されています。生産の過程では、一株ずつ目で確認して異常な株を抜き取るほ場審査が栽培期間を通じて繰り返し行われ、生食・加工用のじゃがいも栽培と比べておよそ2倍の労働時間がかかるとされています。この原原種・原種・採種という3段階の増殖体制と、各段階での植物防疫官による検疫規程上の検査が組み合わさることで、はじめて健全な種イモが農家の手元に届く仕組みが成立しています。
北海道等の主産地における協議会とウイルス病・病害虫の検定
国内最大の産地である北海道では、種馬鈴しょの生産・流通に関する独自の取り組みが行われています。種馬鈴しょの検査は、ウイルス病を中心とする7種類の病害と3種類の害虫を対象に、作付け前、栽培期間中、収穫後という3つの段階に分けて実施されており、ウイルス病の簡易検定手法としてはELISA法(酵素抗体法)が確立され、広く活用されています。生産者団体や関係機関で構成される協議会が中心となって、こうした検定結果に基づく健全株の選抜と異常株の淘汰を積み重ねることで、産地全体としての種イモの清浄化が図られています。北海道は日本のばれいしょ生産量の約8割を占める主産地であるだけに、こうした地域ぐるみの検定体制が国内供給の安定性を支える重要な基盤になっています。
家庭菜園での注意点:食用イモや取り置きイモの再利用リスクと検疫済み種イモ
家庭菜園でじゃがいもを育てる際に注意したいのが、スーパーなどで購入した食用のじゃがいもや、前年収穫して手元に残しておいた取り置きイモを種イモ代わりに使うことのリスクです。食用のじゃがいもは、食べる分には問題のない程度のウイルス病に感染していることがあり、これを植え付けに使うと感染が広がり収穫量が大幅に低下するおそれがあります。また、イモの表面にかさぶた状の病斑を生じるそうか病などの病気も、健全性が確認されていない食用イモや取り置きイモを介して圃場に持ち込まれる可能性があります。このため、家庭菜園であっても、植物防疫法に基づく検査に合格した正規の「種イモ」を種苗店等で購入して使用することが推奨されています。「種イモは食べない、食用イモは植えない」という原則を守ることが、趣味の家庭菜園であっても病害虫まん延防止の観点から重要です。
生のじゃがいも(生鮮ばれいしょ)の海外からの輸入規制と検疫ルール
海外から日本に生の状態でじゃがいもを持ち込む場合には、植物防疫法に基づく極めて厳格な輸入規制がかかります。国内の種イモ管理体制と表裏一体をなす制度として、ここでは輸入禁止の対象地域と、例外的に輸入が認められている場合の検疫手続きを解説します。
輸入禁止地域と警戒される特定病害虫(じゃがいもがんしゅ病・ジャガイモシストセンチュウ等)
じゃがいもがんしゅ病菌はインド、ネパール、トルコ、ヨーロッパ全域、カナダ、南米諸国など広い地域に分布し、ジャガイモシストセンチュウやジャガイモシロシストセンチュウもヨーロッパ、ロシア、北米、中南米などで確認されています。これらの病害虫が発生している国・地域から発送される生のじゃがいもは、国内に病害虫が侵入するリスクが高いとして、原則として輸入が禁止されています。日本国内でもジャガイモシストセンチュウは北海道、青森、三重、長崎、熊本県の一部地域に限定的に存在が確認されており、ジャガイモシロシストセンチュウについても平成27年に北海道で初めて確認され、現在も防除が続けられています。国内でもなお防除に苦労している病害虫が海外から新たに持ち込まれることを防ぐため、生鮮ばれいしょの輸入規制は他の多くの農産物と比べても特に厳しい水準に設定されています。
輸入許可国からの生鮮じゃがいもに対する検査と「隔離栽培」
現在、日本が生鮮じゃがいもの輸入を認めているのはごく限られた条件下に限られます。米国産については、平成18年(2006年)2月1日の農林水産省告示第114号に基づき、ジャガイモシストセンチュウが発生していないアイダホ州(ビンガム郡・ボンネビル郡を除く)やワシントン州など指定された16州の生産地域で生産された生塊茎に限り、ポテトチップ加工用として輸入が認められています。この場合も、輸入後に指定施設で摂氏130度以上の食用油に2分間以上浸漬する加熱加工処理を施すことが条件とされており、生で食卓に並ぶ形での流通は認められていません。植物防疫法第8条第7項が定める「隔離栽培」の仕組みは、検疫有害動植物が付着しているかどうかを判定するためになお検査が必要な種苗について、国の施設等で一定期間隔離した状態で栽培しながら検査を行う制度であり、輸入される植物防疫上リスクの高い植物に対する追加的な安全確認の手段として位置づけられています。
米国産生鮮ジャガイモ(生食用)の輸入解禁協議と日米の課題
生食用の米国産生鮮ジャガイモをめぐっては、長年にわたる要請の末、2026年に入って協議が急速に進展しています。輸入解禁の可否は今なお未定ですが、ここでは交渉の経緯と、国内で指摘されている懸念を整理します。
米国による市場開放要求と日米間の検疫協議の経緯
米国は1980年代から生鮮ばれいしょの日本市場開放を要請してきましたが、平成18年(2006年)にポテトチップ加工用に限定した形でようやく一部解禁が実現しました。その後、令和2年(2020年)3月に米国側から一般流通用としての輸入解禁が改めて要請され、農林水産省による病害虫リスク評価の手続きが開始されました。全米バレイショ協議会によれば、日本向け輸出額は年間およそ2100万ドルにのぼり、日本は米国産ばれいしょの輸出相手国としてメキシコ、カナダに次ぐ第3位で、市場開放が実現すれば年間1億5000万ドルの輸出増加が見込めるとされています。手続きは要請受付、病害虫リスク評価、病害虫リスク管理という3つの段階で進められており、農林水産省は令和8年(2026年)8月28日、リスク評価の結果として防疫協議が必要な病害虫21種のリスト案を公表し、同年9月18日にはオンラインでの説明会が開かれる予定であることも発表されました。これによって手続きは事実上、最終段階に近い局面に入っています。
現場が懸念する病害虫リスク(ジャガイモシロシストセンチュウ等)と国内生産基盤への影響
公表された21種のリスト案には、根絶がほぼ不可能とされるジャガイモシストセンチュウ・ジャガイモシロシストセンチュウのほか、コロラドハムシ、コロンビアネコブセンチュウ、ジャガイモやせいもウイロイドなどのウイルス・ウイロイド類が含まれています。国内の農業関係者からはこうした悪質病害虫の侵入リスクに加え、安価な輸入ばれいしょの流入による国内生産基盤への打撃を懸念する声が強く上がっています。北海道はオホーツクや十勝地方を中心に国産ばれいしょの約8割を生産する最大の産地ですが、代表品種である男爵イモやメークインはジャガイモシストセンチュウへの抵抗性を持っておらず、生食用における抵抗性品種の普及率は令和5年(2023年)時点でも全国平均46.8%にとどまっています。JA北海道中央会の会長は令和8年8月に輸入解禁に向けた手続きの進行を「断じて容認できない」と表明し、北海道知事も病害虫の侵入防止と国内生産対策なしには輸入解禁を受け入れられないとの姿勢を示すなど、主産地からの反発は強まっています。国内のばれいしょ作付面積は昭和60年の13万100haから令和6年概算で7万900haへ、生産量も372.7万トンから229.5万トンへと長期的に縮小しており、こうした生産基盤の縮小傾向も懸念の背景にあります。
日米における防疫制度の違いと一般流通に伴う農薬(発芽抑制剤等)の問題
日米の防疫協議で論点となっているのは病害虫リスクだけではありません。平成18年の加工用解禁が認められた際、当時の農林水産大臣がポテトチップ加工用は輸入後直ちに加工されることが前提だが、生食用は輸入後に種イモへ転用可能なため病害虫が国内に侵入する経路になりかねないと国会で説明したように、用途による土壌・栽培への転用可能性の違いが日米間の防疫上の論点になってきました。あわせて指摘されているのが、発芽抑制剤クロルプロファム(CIPC)をめぐる残留基準の問題です。国内では収穫後のじゃがいもに対してクロルプロファムを直接散布する処理は認められていない一方、輸入される加工用じゃがいも製品に対しては30ppmという残留許容基準が設定されており、国内生産者には認められていない使用方法による残留物質の流通を輸入品にのみ認める形になっている点が、いわゆる二重基準として指摘されています。平成18年の加工用解禁後には、実際に米国の農場で病害虫が確認されて輸入が一時停止された経緯もあり、生食用という病害虫の定着経路がより多い品目で同種の事態が起きた場合にどう対応するかも、今後の協議における論点として残されています。
国内で発生した病害虫(ジャガイモシロシストセンチュウ)への防除対策
輸入解禁協議とは別に、国内では実際にジャガイモシロシストセンチュウが確認されており、植物防疫法に基づく緊急防除が続けられています。この国内事例を知ることは、輸入解禁協議で懸念されているリスクの実像を理解する手がかりにもなります。ここでは国内での発生経緯と防除の現況を解説します。
植物防疫法に基づく防除対策の実施と侵入原因の特定調査
ジャガイモシロシストセンチュウは平成27年(2015年)8月、北海道網走市内の一部のほ場で我が国において初めて確認されました。この線虫は寄主植物が作付けされることでほ場内の発生密度が急激に増加し、人為的な土壌の移動に伴って他地域へ分散する性質を持つため、農林水産省は植物防疫法に基づく「ジャガイモシロシストセンチュウの緊急防除に関する省令」及び「緊急防除に関する告示」を公布し、平成28年(2016年)10月23日から緊急防除を開始しました。防除の内容は、線虫の存在が確認されたほ場でのなす科植物の作付け禁止、防除区域内で生産された植物の地下部の移動制限、線虫が付着しているおそれがある植物の廃棄命令、対抗植物の植栽や土壌くん蒸による防除の実施という複数の措置から構成されています。北海道や市町村、農業者団体は植物防疫所と連携し、農業機械の洗浄など土壌の分散防止のための指導も継続的に行っています。
現地での防除状況、防除区域の解除と今後の見通し
防除開始後、令和元年(2019年)8月には斜里町の一部で、令和2年(2020年)2月には清里町の一部で新たにジャガイモシロシストセンチュウが確認され、防除区域は一時拡大しました。しかし同時に、防除の効果が確認された地域から順次、防除区域からの除外(解除)も進められており、令和2年4月に網走市・大空町の3大字が最初に除外されて以降、令和8年に至るまでほぼ毎年、防除が終了した地区の除外と新規区域の追加が繰り返されています。令和8年6月時点での防除区域は、網走市、斜里郡清里町、斜里郡小清水町、斜里郡斜里町にまたがる合計5つの大字(一部地域を含む)で、確認されたほ場は28ほ場・81ヘクタールとなっています。10年以上にわたる粘り強い防除活動と定期的な土壌調査の積み重ねによって、条件を満たした地域から着実に防除区域の縮小が進んでいる一方、線虫が土壌中で長期間生存する性質上、完全な根絶と全区域の解除にはなお時間を要する見通しです。
まとめ
じゃがいもは栄養繁殖性であるがゆえにウイルス病や土壌線虫が蓄積・定着しやすく、植物防疫法上「指定種苗」として国内の増殖段階から厳格な検疫が敷かれてきました。原原種・原種・採種という段階的な供給体制、家庭菜園での注意点、海外からの生鮮じゃがいも輸入規制、そして今まさに動いている米国産生鮮ジャガイモの輸入解禁協議は、いずれも同じ一つの目的、すなわち根絶が困難な病害虫を国内に持ち込ませない、あるいはこれ以上広げないという目的でつながっています。国内で現に続くジャガイモシロシストセンチュウの防除の実情を踏まえると、輸入解禁協議における病害虫リスクの評価がいかに重要な意味を持つかが見えてきます。
参考文献
- 農林水産省・我が国が特に侵入を警戒している病害虫の特徴(IPMフォルダ収録資料:じゃがいもがんしゅ病、ジャガイモシストセンチュウ、ジャガイモシロシストセンチュウ、コロラドハムシ)
- 植物防疫所「種馬鈴しよ検疫規程」https://www.maff.go.jp/pps/j/law/houki/kokuji/kokuji_139_html_139.html
- 農林水産省「種馬鈴しょ検疫実施要領」https://www.maff.go.jp/j/kokuji_tuti/tuti/t0000709.html
- 農研機構「種苗管理センター:ばれいしょ、さとうきびの原原種生産」https://www.naro.go.jp/laboratory/ncss/shubyoseisan/index.html
- 全農Apron「じゃがいも栽培の原点『種馬鈴しょ』」https://apron-web.jp/column/naruhodo/16861/
- 植物防疫所「ジャガイモシロシストセンチュウの緊急防除について」https://www.maff.go.jp/pps/j/information/kinkyuboujo/sentyu_gp.html
- 農林水産省「ジャガイモシロシストセンチュウに関する情報」https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/keneki/k_kokunai/gp/gp.html
- 植物防疫所「アメリカ合衆国から発送されるばれいしょの生塊茎に係る農林水産大臣が定める基準」https://www.maff.go.jp/pps/j/law/houki/kokuji_joken/kokuji_joken_192_html_192.html
- CIVIC AI「米国産生鮮ジャガイモの輸入解禁はいつ?病害虫21種のリスト案公表、9月18日に説明会」(2026年8月31日)https://civic-ai.xyz/articles/beikoku-jagaimo-yunyu-kaikin-2026
- 日本経済新聞「米国産ジャガイモの病害虫リスト案公表 農水省、輸入解禁要請巡り」(2026年8月28日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA281VQ0Y6A820C2000000/
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