臭化メチル代替技術を徹底解説:野菜・果樹の産地適合型防除から放射線照射まで

臭化メチルが使えなくなった農業現場では、作物や病害虫ごとに実務レベルで異なる代替技術が積み重ねられてきました。本記事では全廃の背景には触れつつも、施設・露地野菜の産地適合型栽培マニュアルの具体的な作業手順、クリシギゾウムシの収穫後処理技術、放射線照射やヨウ化メチルくん蒸の実務、そして安全管理体制まで、代替技術の中身を掘り下げて紹介します。

目次

臭化メチル全廃をめぐる国際情勢と規制の背景

臭化メチル全廃の国際的な経緯については、当サイトの別記事で詳しく解説しています。なぜここまで多様な代替技術が必要になったのかを理解するため、ここでは代替技術の理解に必要な範囲で、規制の背景を簡潔に振り返ります。

モントリオール議定書(第7回締約国会合等)における全廃決定とオゾン層保護

臭化メチルは1992年のモントリオール議定書コペンハーゲン改正でオゾン層破壊物質に指定され、1995年の第7回締約国会合を含む一連の会合を経て規制が強化されました。日本を含む先進国は検疫用途を除き2005年までに全廃することとされ、土壌用途の不可欠用途は2012年末、収穫物用途は2013年末で全廃されています。

臭化メチル(オゾン層破壊物質)の定義と環境への影響

臭化メチルは、害虫やセンチュウ、糸状菌に幅広い効果を示す一方、成層圏でオゾン層を破壊する性質を持つ物質です。この環境影響の大きさが、代替技術の開発を各作物・各用途で急がせた根本的な理由になっています。

施設・露地野菜における産地適合型代替防除・栽培技術

臭化メチルの土壌くん蒸に頼ってきた野菜産地では、農林水産省の実用技術開発事業により、地域の気候や病害の発生状況に応じた産地適合型の栽培マニュアルが数多く開発されました。同じ病害でも産地によって手法が異なる点が興味深いところです。ここでは実際に公表されている県別マニュアルの具体的な中身を見ていきます。

ピーマン・メロン・きゅうりにおける脱・臭化メチル栽培マニュアル

愛知県のキュウリ産地向けマニュアルでは、キュウリ緑斑モザイク病対策として、収穫終了後の残さを速やかに撤去したうえで、7月から9月にかけて約3カ月間の太陽熱消毒を実施する手順が示されています。ほ場に湛水し、透明フィルムで被覆して地温を上げることでウイルスの感染源を減らし、あわせて使用したクリップなどの器具を次亜塩素酸ナトリウム液に浸けて消毒することも重要な工程とされています。宮崎県のキュウリ産地向けマニュアルでは、牛糞堆肥を残さにすき込んで腐熟処理を行うことでウイルスを不活化させる手法が採用されており、鹿児島県の促成栽培ピーマン産地向けマニュアルでは、前作終了後の土壌汚染度をDAS-ELISA法で診断し、汚染度の高低に応じて抵抗性台木への接木や仕立て法の変更、生分解性ポットを使った植物ワクチン製剤の接種など、段階(フェーズ)ごとに異なる対策を組み合わせる体系が組まれています。千葉県の地床アールス系メロン産地向けマニュアルでは、えそ斑点病の発生有無を目視やELISA法で診断したうえで、発病歴のあるほ場では抵抗性品種を導入し、作付け前にクロルピクリン・D-D剤で土壌くん蒸を行い、トマトとの輪作を組み合わせることで媒介菌密度を下げる体系が示されています。これらのマニュアルを導入した産地の経営試算では、無防除の場合に前提とした減収率(茨城県のピーマンでモザイク病が圃場全体に発生した場合で30%など)と比較して、マニュアル導入時には臭化メチル使用時に近い収支水準を確保できることが報告されています。ピーマン、キュウリでは環境保全型の防除技術体系、ショウガ、メロンでは薬剤と耕種的防除を組み合わせた体系というように、作物によって代替技術の重点の置き方が異なる点も、実際にマニュアルを読み比べるとよく分かります。

露地しょうが・施設しょうがの病害虫対策(定植前消毒・太陽熱土壌消毒)

しょうがの根茎腐敗病に対しては、植え付け前の土壌消毒剤としてクロルピクリン剤、クロルピクリン・D-D剤、カーバムナトリウム塩剤、ダゾメット剤、メチルイソチオシアネート・D-D剤などが組み合わせて使用され、生育期間中にはシアゾファミド剤やメタラキシル剤、プロパモカルブ塩酸塩剤といった散布用消毒剤が併用されます。高知県の露地しょうが産地向けマニュアルでは、前年の発病程度を確認したうえで、根茎腐敗病・雑草・ネコブセンチュウそれぞれの発生程度に応じて薬剤を選択するフローチャートが示されており、健全な種根茎を選ぶための観察や、収穫物の発生状況確認も体系の一部に組み込まれています。太陽熱土壌消毒については、夏期の高温期間を利用してほ場を湛水・被覆し、地温を高めることで土壌中の病原菌や害虫密度を低下させる手法が各地のマニュアルで共通して採用されており、既存の土壌消毒剤と組み合わせることで、単独の薬剤処理よりも安定した防除効果が得られるとされています。しょうがは栄養繁殖する作物であるため、種根茎そのものが病原菌に感染しているとその後の生産に大きな影響を及ぼしやすく、消毒剤の選択だけでなく、健全な種苗を安定して確保する体制づくりも代替技術全体の中で重要な位置を占めています。

果樹・害虫対策における代替技術:クリシギゾウムシの防除

クリシギゾウムシは、収穫後のクリ果実を加害する害虫として、長年臭化メチルくん蒸で対応されてきました。農研機構が2017年に公表した選定手順マニュアルには、産地ごとの条件に応じた具体的な代替技術の選び方が詳しく示されています。

収穫後クリ果実の臭化メチル全廃に伴う代替防除技術(農研機構)

クリシギゾウムシは主に8月以降に成虫が出現し、9月上旬以降にクリへ産卵を始めるため、9月上中旬までに収穫を終える早生品種(栽培品種の20から25%に相当)は、産地ごとの産卵開始時期を確認したうえであれば、そもそも防除自体が不要になる場合が多いとされています。中生以降の品種では、立木防除が可能な産地では8月から9月上旬にかけて成虫の産卵前を狙って合成ピレスロイド剤などを1回散布することで被害を抑えられる一方、急傾斜地や生産者の高齢化により立木防除が難しい産地では、収穫後の果実処理に切り替える選択肢が用意されています。代表的な収穫後処理技術が温湯処理で、50度の温湯に果実を30分間浸漬して殺虫したのち、流水で15分ほど冷却し、乾燥させてから冷蔵保管する手順が標準とされ、市販の処理装置では1回に最大100キログラムの処理が可能です。処理後の乾燥工程を省くため、衣類圧縮袋を使って果実を薄く並べて温湯処理する方法や、事前に数日間氷蔵しておくことで温湯処理の浸漬時間を15分程度に短縮する組み合わせ手法も検証されています。もう一つの代表的な技術が氷蔵処理で、氷蔵庫の設定温度をマイナス2度とし、3週間から4週間ほど貯蔵することで殺虫効果を得るもので、殺虫効果に加えてクリの糖度が増し食味が向上するという副次的なメリットがある一方、氷蔵庫の導入コストや貯蔵に要する期間の長さが導入のハードルになります。これらの技術に加え、被害果や毬を園外で適切に処分すること、樹高を低く保つ整枝剪定、冬季耕起による土中の越冬幼虫の密度低減といった耕種的な予防策を組み合わせ、防除の要否とタイミングを産地ごとの発生生態に基づいて判断する総合的病害虫管理(IPM)としてまとめることが、代替技術導入の基本的な考え方として整理されています。

物理的・化学的代替技術と植物検疫における新技術

臭化メチルに代わる技術は、農産物そのものへの処理だけでなく、輸出入時の検疫処理の分野でも研究・整備が進められています。薬剤を使う方法と使わない方法、それぞれに一長一短があるため、ここでは放射線照射とヨウ化メチルという、性質の異なる二つの代替手段を取り上げます。

植物検疫処理としての「放射線照射」技術と国際プロジェクト

放射線照射は、薬剤を使わずに害虫を不妊化または死滅させる植物検疫処理の一つとして、国際植物防疫条約(IPPC)のもとで基準が整備されています。2003年に採択されたISPM第18号「植物検疫措置としての放射線照射の使用のための指針」は、電離放射線を規制有害生物や規制品目に対する検疫処理として適用する際の技術的な指針を示すもので、2019年に改訂版が出版されています。さらにISPM第28号「規制有害生物に対する植物検疫処理」には、ハマキガ類やチチュウカイミバエなど特定の害虫・品目の組み合わせごとに定められた23種類の放射線照射仕様をはじめ、蒸熱処理6種類、低温処理14種類などが具体的に収載されており、みかんに対するチチュウカイミバエ・偽コドリンガ対策の低温処理、マンゴーに対するチチュウカイミバエ対策の放射線照射処理など、品目・害虫ごとに実務で参照できる基準として整備が進んでいます。放射線照射は薬剤の残留を心配する必要がなく、密閉が難しい形状の農産物にも適用しやすいという利点がある一方、照射施設の導入コストや、品目ごとに必要な照射線量の検証に時間がかかることが実用化を進めるうえでの課題として指摘されています。

化学的代替手段(ヨウ化メチル等)の開発と適用状況

化学的な代替薬剤として実用化されてきたのがヨウ化メチルです。ヨウ化メチルはクリシギゾウムシやクリミガなどクリ果実の害虫防除用として平成21年に農薬登録され、平成26年頃から本格的な実用化が図られましたが、東日本大震災以降の原材料ヨウ素の価格高騰を受けて、土壌用途向けの製剤は平成25年末で販売が終了しており、現在は輸出生果実の検疫くん蒸など限られた用途での活用が中心となっています。ヨウ化メチルは臭化メチルよりも沸点やガス比重が高く気化しにくいため、既存の臭化メチルくん蒸施設をそのまま使うことができず、庫内のガス撹拌装置には防爆または耐爆性能を備えたものを用いること、投薬室やサイロ下部などガスが滞留しやすい箇所にはガス濃度警報装置を設置することなど、施設側の対応が具体的に求められています。撹拌能力と排気能力に優れた設備であるかどうかが、ヨウ化メチルくん蒸を安全に運用できるかどうかを左右する重要な基準となっており、導入を検討する際には既存施設の性能を個別に確認する必要があります。

代替くん蒸(ヨウ化メチル等)の安全対策と作業管理体制

代替くん蒸剤であっても人体への影響が大きいことに変わりはなく、臭化メチルと同様に厳格な安全管理の対象とされています。薬剤が変わればガスの性質や必要な保護具も変わるため、ここでは保護具の運用と、業界団体による技術開発・教育の仕組みを紹介します。

ヨウ化メチルくん蒸作業における安全対策と農薬用保護マスクの着用

植物防疫所の危害防止対策要綱では、ガス開放後に作業者の立ち入りを認める上限濃度である抑制濃度が、ヨウ化メチルについては2ppmと定められており、臭化メチルの1ppmとは異なる基準が設定されています。くん蒸作業に従事する者は、投薬時にはガスの種類に対応した吸収缶を備えた防毒マスクと保護具を必ず着用し、投薬前後の人数確認を行うことが義務付けられています。農薬用の保護マスクは、土壌くん蒸剤など揮発性の高い農薬に対応するものとして、国の検定に合格した吸収缶式の防毒マスクが推奨されており、農薬用保護具の識別表示を参考に対象薬剤に応じたマスクを選ぶことが重要です。吸収缶には使用期限があり、一般的には1シーズンに一度程度の交換が目安とされていますが、使用頻度が高い場合にはより短い間隔での交換が必要になります。

日本くん蒸技術協会による講習会・防除技術開発と消毒証明事業

一般社団法人日本くん蒸技術協会は、植物検疫くん蒸作業主任者を対象とした専門講習や再講習、輸出用木材こん包材のくん蒸技術講習を毎年度実施しているほか、輸出される車両・機械・部品を対象とするくん蒸証明事業も担っています。技術開発の面では、農研機構と連携して2018年に「輸出生果実の植物検疫 ヨウ化メチルくん蒸技術マニュアル」を取りまとめるなど、代替くん蒸剤の実務的な運用方法を整理し、現場への普及を後押ししてきました。同協会が発行する「臭化メチル中毒患者に対する処置について」という応急処置マニュアルは、指定医療機関がこれを常備している場合には危害防止対策要綱に基づく救急薬品の別途整備が不要とされるなど、実務に即した安全管理の仕組みにも組み込まれています。作物や用途ごとに求められる代替技術がこれだけ多岐にわたるからこそ、技術開発と現場教育を一体的に担う専門機関の存在が、代替技術の定着を支える重要な基盤となっています。

まとめ

臭化メチルの代替技術は、施設・露地野菜の産地適合型栽培マニュアルにおける太陽熱消毒や抵抗性品種・台木の導入、クリシギゾウムシに対する温湯処理や氷蔵処理を軸としたIPM体系、そして植物検疫分野での放射線照射やヨウ化メチルくん蒸の実務運用まで、作物や用途ごとに大きく異なる形で積み重ねられてきました。それぞれの技術には、処理量の制約や導入コスト、施設改修の必要性といった固有の課題があり、産地の条件に合わせた技術の組み合わせが欠かせません。特に施設・露地野菜の分野では、同じ病害であっても地域の気候や経営規模によって最適な組み合わせが異なるため、他産地のマニュアルをそのまま転用するのではなく、自らのほ場条件に応じた検証を経てから導入することが望まれます。代替くん蒸剤を扱う場合も、植物防疫所の危害防止対策要綱に基づく抑制濃度の遵守や適切な保護具の着用が引き続き求められるため、日本くん蒸技術協会などが提供する最新の技術情報や講習を活用しながら、安全に配慮した導入を進めることが重要です。

参考文献

この記事を書いた人:

精密農業編集部

運営:
株式会社ARIJICS(監修:有路友一) 
https://arijics.com/company/founder/

精密農業編集部は、農業の現場で起きる「うまくいかない」「判断に迷う」といった状況に対して、原因や条件を整理し、考え直すための材料をまとめています。

農家の方が自分の圃場や条件に照らして判断できるよう、事実・前提条件・注意点を中心に情報を構成しています。

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