施設トマトの葉が萎れる。かん水は十分しているはずなのに、昼前になると先端葉がだらりと垂れ下がる。土壌ECを測定すると2.0mS/cmを超えている。これは肥料不足ではなく、肥料が多すぎることによる根の吸水阻害だ。「EC(電気伝導度)が高い」という状態は、土壌溶液のイオン濃度が高くなりすぎて根が水を吸えなくなった状態を指す。施設栽培では降雨がなく肥料成分が流亡しないため、施肥の積み重ねとともに土壌表層に塩類が集積し続ける。本記事では施設土壌でECが上昇し続ける物理的なメカニズムを解説したうえで、緊急対応から次作に向けた施肥設計見直しまでの対策の優先順位を整理する。
ECとは何か——土壌中のイオン濃度を表す指標
ECは電気伝導度(Electric Conductivity)の略で、土壌溶液中の電解質(溶けているイオン)の量を示す。塩類(硝酸塩・カリウム塩・カルシウム塩など)が溶けているほど電流が流れやすくなるため、ECは土壌の「塩分濃度」の代替指標として使われる。単位はmS/cmまたはdS/m(1dS/m=1mS/cm)。
ECと各栄養素の含量には相関があるが、最も強いのは硝酸態窒素との関係だ。目安として、EC 1mS/mに相当する硝酸態窒素の含有量は100gあたり20mg程度とされている(農林水産省「各作物の土づくり 施設土壌」)。ただしカリウム・カルシウム・マグネシウムなどの陽イオンもECに影響するため、EC値だけで各成分の過不足を特定することはできない。正確な診断には土壌の成分分析が必要だ。
多くの作物の適正ECは0.4〜1.0mS/cm(1:5希釈法では異なる場合がある)とされており、1.0〜1.5mS/cmを超えると塩類障害のリスクが高まる。作物によって耐塩性は異なり、セルリーやほうれんそう・きゅうりは比較的強く、トマト・ピーマン・なすは普通、いちごは弱い(農林水産省「主な作物の塩類障害に対する耐性」)。
施設トマト・ピーマンの慣行栽培では作付け期間が長くなるほど土壌ECが上昇しやすい傾向がある。シーズン初期は適正値でも、秋口から冬にかけて施肥が重なる中盤以降に1.5mS/cmを超えるケースが現場でよく見られる。定期的な測定と診断が予防の基礎になる。
施設土壌でECが上がり続ける構造的な理由
露地圃場では降雨が土壌に浸透し、余分な塩類を下層へ流亡させる。施設圃場はこのリセット機能がない。施肥のたびに加えられたイオンが土壌中に残り、かん水だけでは排出されないまま蓄積する。
さらに施設特有の問題が「毛管上昇による表層集積」だ。施設内の温度は外気より高く、土壌表面からの蒸発が活発に起きる。蒸発した水分を補うように、土壌下層の水分が毛管力によって表層へ上昇する。この水分の移動に乗って、下層に溶けていたイオンが表層へ運ばれてくる。水分は蒸発するが、イオンは表層に残る。この繰り返しによって、施肥量が変わらなくても表層のEC値は季節が進むにつれて上昇し続ける。
外部から持ち込む塩類もある。灌水に使う水が硬水(Ca・Mgを多く含む地下水や水道水)の場合、水そのものに含まれるイオンが長期的に蓄積する。同じ施肥量でも、水質の違いがECの上昇速度に影響する。
施設栽培では毛管上昇の影響が夏期(ハウス閉鎖・高温時)に特に顕著になる。地温が上昇すると土壌水分の蒸発速度が上がり、毛管力で下層から水が引き上げられる量が増える。梅雨明けから9月にかけて作付け継続している施設では、短期間でEC値が0.5mS/cm以上上昇することがある。この季節変動を把握したうえで、夏期の施肥量をあらかじめ抑える設計が塩類蓄積の防止につながる。
植物に何が起きるか——浸透圧による吸水阻害の仕組み
ECが高い土壌で起きていることは、水分不足ではなくイオン競合による吸水阻害だ。
植物の根は土壌から水分を吸収する際、根の細胞内液と土壌溶液の間の浸透圧差を利用する。根の細胞内のイオン濃度が土壌溶液より高ければ、浸透圧差によって水が根の内部に引き込まれる。しかし土壌ECが高くなり、土壌溶液のイオン濃度が根の細胞内液に近づく、または超えると、浸透圧差が消失して水を吸収できなくなる。さらにECが極端に高い場合は、根の細胞から逆に水分が引き出される「脱水状態」になる。
現場で観察される症状は以下の通りだ。かん水量は充分なのに高温時に葉が萎れる、葉色が通常より濃くなる(葉が締まって見える)、果実の肥大が遅れて着色が悪くなる、根を掘ると先端が褐変している。土壌表面に白い結晶が析出していることもある。これらの症状が複数重なり、かつ土壌ECが1.0mS/cmを超えている場合は塩類障害として対処する必要がある。
症状の発現タイミングも診断の手がかりになる。塩類障害による萎れは気温が上がりきる午前10時〜13時ごろに顕著になり、夕方の気温低下とともに回復することが多い。これは高温時の蒸散需要に根の吸水が追いつかない状態を示している。水分不足による萎れとよく似ているため、かん水後に一時的に回復するかどうか、および土壌のEC値を合わせて確認する。EC高値が確認されれば、追加のかん水よりもEC改善対策を優先する。
EC値の診断と対策の判断分岐
EC測定には「上澄み液法」と「土壌直挿し法」の2つがある。上澄み液法は風乾細土1に対して蒸留水5を加えて攪拌し、上澄み液のECを測定する方法で精度が高い。土壌直挿し法は市販のECメーターを湿った土に直接刺す方法で、圃場での簡易測定に向いている。値の読み方の前提(希釈倍率や土壌水分状態)が異なるため、JA・農業改良普及センター等の診断では上澄み液法が基本だ。
土壌ECの値別の対応の目安:0.4〜1.0mS/cm(適正域)は現状維持。施肥量と土壌診断を定期的に確認する。1.0〜1.5mS/cmは施肥量の見直しと次作前の洗い流し処置を検討する。1.5mS/cmを超えたら緊急対策が必要で、作付け継続の場合は症状を観察しながら対策を並行して進める。
ECの診断と同時に交換性塩基(Ca・Mg・K)の比率と土壌pHも確認することを勧める。EC高値の原因がどのイオンの蓄積によるものかを特定できると、施肥設計の見直しが精度よく行える。
緊急対策——多量かん水と冬期の施設開放
EC高値に対する最も直接的な対処は物理的な洗い流しだ。多量のかん水で土壌溶液を希釈しながら下層・圃場外へ押し流す。施設の排水設備が整っていることが前提で、排水性が悪い土壌では洗い流しの効率が低く、過湿による根腐れのリスクも生じる。
冬期間の施設開放(除覆)も有効な除塩手段だ。ハウスのサイドや天窓を開け、または被覆資材を取り外して降雨が土壌に当たるようにする。自然降雨によって塩類が下層へ流亡する。気温が低い時期は蒸発が少なく毛管上昇も抑えられるため、洗い流しの効率が夏期より高い。ただし作期中や夜温が確保できない時期には実施できない制約がある。
洗い流しは時間を要する。土壌塩類濃度が目標値まで下がるまで、繰り返しのかん水と測定が必要だ。1回の多量かん水でECが0.5mS/cm下がっても、次作の施肥設計を変えなければ再度上昇する。
洗い流しを行う際のかん水量の目安は、圃場の土壌が充分に湿潤する量(目視で土が全面的に湿った状態)を3〜5日おきに繰り返す方法が現場での実践として見られる(推定・要確認)。1回あたりの量より、複数回に分けて総量を確保することで土壌全体の塩類を徐々に希釈・移動させる。排水路の整備と排水の確認が前提条件であることは再度強調しておく。
作期前の除塩——クリーニングクロップと深耕の使い方
洗い流しと並行して、または洗い流し後の仕上げ処理として、クリーニングクロップ(除塩作物)の作付けが有効だ。ソルガムやトウモロコシなどのイネ科作物は耐塩性が強く、EC値が高い土壌でも発芽・生育できる。旺盛な生育によって土壌中の塩類(特に硝酸態窒素)を吸収しながら乾物として蓄積するため、収穫・搬出することで土壌から塩類を除去できる。
ソルガムは施設内でも発芽・生育しやすく、60〜90日でかなりの生物量を生産する。ただし耐塩性が強いといってもEC 3mS/cm超では発芽が安定しないため(推定・要確認)、事前の多量かん水と組み合わせることが実際的だ。
施設内でソルガムを作付けする場合、播種前に多量かん水でEC値を2.0mS/cm以下に下げてから播種する流れが現場での標準的な手順として用いられている。株間30〜40cm程度で条播きし、生育が進んだ段階で畝ごと収穫・圃場外へ搬出することで、蓄積した窒素やカリウムを土壌から取り除く。残渣を圃場に鋤き込む場合は、窒素やカリウムが再び圃場に戻るため除塩効果が減ずる点に注意する。
トウモロコシも同様に施設除塩に使われるが、ソルガムと比べて耐塩性が低い品種が多いため、ECが比較的低い段階(1.5mS/cm以下)での利用が向いている。両者を使い分け、ECが高い場合はソルガム先行→EC低下後にトウモロコシまたは次の本作物という順序で計画するのが現実的だ。
深耕はEC値の低い下層土と表層土を混合することでEC濃度を下げる方法だ。下層のEC値が低い圃場では有効だが、下層にも塩類が蓄積している場合は効果が限定的だ。事前に下層のEC値を確認してから実施を判断する。
再蓄積を防ぐ施肥設計の見直し
洗い流しとクリーニングクロップで土壌ECを下げても、施肥設計を変えなければ翌作期中に再び上昇する。施肥設計の見直しは以下の観点で行う。
施肥量の根拠を持つことが第一だ。土壌診断の結果に基づいて施肥量を決め、診断値が適正範囲内であれば標準施肥量より減らす判断をためらわない。慣行的に毎作期一定量の施肥を繰り返している場合、土壌に残存する量と作物が吸収する量のバランスが崩れてEC蓄積が進む。作付け前の土壌診断を毎シーズン実施し、前回と比較して残存成分の動向を把握することがEC管理の基本になる。
施肥法の改善も有効だ。一度に多量を施用する元肥主体の設計から、追肥を複数回に分けて少量ずつ施用する方法に切り替えると、1回あたりの土壌EC上昇幅を小さく保てる。液肥は濃度を自在に調整でき、土壌へのイオン追加量を精密に制御できる。緩効性肥料は施用後の溶出速度が遅く、土壌EC上昇のピークを抑える。
CEC(陽イオン交換容量)を高めることも再蓄積防止に機能する。砂質土壌や腐植の少ない土壌はCECが低く、イオンを保持する能力が低いため塩類が過剰になりやすい。良質有機物や粘土鉱物の施用によってCECを高めると、適量の肥料成分を保持しつつ過剰分が蓄積しにくい土壌構造になる。ベントナイト・バーミキュライトなどの粘土鉱物資材は少量の施用でCECを高める効果があり、砂質土壌の施設圃場では有機物施用と組み合わせて活用する価値がある。有機物は腐植化が進むほどCECへの貢献が大きいため、未熟堆肥より完熟堆肥が土壌改良資材として適している。
MOLECULEと灌水水質——表面張力の変化が洗い流し効率に与える影響
多量かん水による洗い流しの効率は、灌水する水が土壌にどれだけ浸透するかに依存する。表面張力が高い水は土壌粒子の間の細孔への浸入が遅く、表層を流れやすい。表面張力が低い水は細孔へ浸透しやすく、土壌溶液を下層へ押し流す効率が高まる。
MOLECULE(モレクル)水処理装置(株式会社ARIJICS)の処理水は表面張力が72.8mN/mから69.6mN/mへと低下する計測データが示されている。水の表面張力の低下は、土壌毛管への浸透性に変化をもたらす。また酸化還元電位(ORP)が低く安定することも観測されている(詳細:MOLECULE実証実験データ)。
洗い流し工程でMOLECULE処理水を使用した場合の除塩効率への影響については、現在圃場実証実験が進行中だ。EC高値の圃場でMOLECULEを検討する場合は、まず土壌診断と塩類の原因特定を行い、洗い流し・クリーニングクロップ・施肥設計見直しの基本対策を優先したうえで、補完的なアプローチとして実験データを参照することを勧める。土壌ECの管理は1シーズンの取り組みで解決するものではなく、施肥の積み重ねと土壌診断の継続によって徐々に改善される。診断→対策→再計測というサイクルを毎シーズン継続して繰り返すことが、長期的なEC管理の基本的な実態だ。
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