土壌くん蒸剤とは?種類・使用方法・安全対策と生物くん蒸まで解説

土壌くん蒸剤は、連作障害の原因となる病害虫や雑草種子を土壌ごと消毒するための農薬です。本記事では基本的な仕組みから代表的な薬剤の特徴、正しい使用方法と被覆処理、安全対策、そして緑肥作物を用いた生物くん蒸まで、順を追って解説します。

目次

土壌くん蒸剤とは?基本的な仕組みと土壌消毒の役割

土壌くん蒸剤は、同じ畑で同じ作物を作り続けることで発生しやすい連作障害を防ぐために使われる農薬です。まずは基本的な定義と、土の中でどのように効果を発揮するのかという仕組みを確認しましょう。

土壌くん蒸剤(土壌消毒剤)の定義と連作障害・病害虫防除の効果

土壌くん蒸剤は、土壌中に薬剤を注入・処理してガス化させることで、土壌伝染性の病原菌や有害センチュウ、雑草の種子などを殺菌・駆除する農薬です。同じ作物を同じほ場で栽培し続けると、その作物を好んで加害する病害虫や、特定の病原菌が土壌中に蓄積し、生育不良や収量低下といった連作障害を引き起こしやすくなります。土壌くん蒸剤はこうした土壌中の有害生物をまとめて減らすことで、連作障害を防ぎ、安定した作物生産を支える役割を担っています。対象となる病害には紋羽病や白絹病など広範囲の土壌病害のほか、ネコブセンチュウなどのセンチュウ類、さらに一年生雑草の種子まで含まれる薬剤も多く、施設園芸から露地栽培まで幅広い作物で利用されています。トマトやきゅうり、メロンといった果菜類のほか、いも類や葉物野菜など連作障害が起こりやすい品目では、定植前に土壌くん蒸剤で消毒しておくことが安定生産のための基本的な栽培管理の一つに位置付けられています。

薬剤のガス拡散と土壌中での消毒メカニズム

土壌くん蒸剤の多くは、土壌に注入または混和されると土壌間隙でガス状に変化し、土の深部まで均一に広がることで高い消毒効果を発揮します。例えばクロルピクリンは、土中に注入されるとすぐにガス化して拡散し、土壌中の病原菌やセンチュウに作用しますが、時間の経過とともに徐々に大気中へ漏れ出していく性質を持っています。カーバムナトリウム塩を成分とするキルパー液剤やダゾメット剤のように、土壌と接触したのちに酸化分解されてメチルイソチオシアネート(MITC)というガスに変化し、このガスが土壌水分に溶けた状態と気体の状態の両方で消毒効果を発揮する薬剤もあります。いずれの薬剤も、土の水分量が適切であること(土を握って離すと割れ目ができる程度が目安とされます)や、土塊が細かく砕かれていることが、ガスが土壌の隅々まで行き渡るための重要な条件になります。

代表的な土壌くん蒸剤の種類と特徴

土壌くん蒸剤にはいくつかの系統があり、それぞれ有効成分や剤型、効果の現れ方が異なります。ここでは代表的な三つの薬剤を取り上げ、特徴を比較しながら見ていきます。

クロールピクリン剤(カヤククロールピクリン等):広範囲の病害虫に高い効果を持つ主力剤

クロルピクリンは総合土壌くん蒸剤と呼ばれ、80パーセント製剤などの形で長年利用されてきた代表的な薬剤です。強い消毒力と即効性を持ち、土壌病原菌やセンチュウなど幅広い有害生物に対して安定した効果を示すことから、様々な作物の土壌病害対策として広く使用されています。土中に注入されたクロルピクリンは速やかにガス化して拡散し効果を発揮する一方、ガス比重が空気の約5.6倍と重く低地にたまりやすいため、周辺の住宅や畜舎、鶏舎への影響に配慮した使用が求められる薬剤でもあります。近年は住宅地に近接した農地も増えていることから、風向きや周辺施設との位置関係を事前に確認したうえで処理の可否や時間帯を判断することが、トラブルを防ぐうえでいっそう重要になっています。

ダゾメット剤(バスアミド・ガスタード微粒剤):散布・混和しやすい微粒剤タイプ

ダゾメット剤は、バスアミド微粒剤やガスタード微粒剤といった商品名で流通している微粒剤タイプの土壌くん蒸剤です。粒状であるため散粒器や手作業で散布しやすく、刺激臭が比較的少ないことから扱いやすい薬剤として普及しています。土壌に散布して深さ15センチメートルから25センチメートル程度まで十分に混和したのち、適度な水分を与えて被覆すると、土壌中でMITCというガスに変化し、紋羽病や白絹病といった広範囲の土壌病害やセンチュウ、一年生雑草の種子に対して高い効果を発揮します。地温が10度以下では効果が劣るため使用を避けること、そしてガス抜きが不十分だと薬害が生じるおそれがあるため、少なくとも2回は耕起によるガス抜きを行うことが注意点として挙げられています。

キルパー液剤:液剤処理で土壌病害やセンチュウ類を防除するくん蒸消毒剤

キルパー液剤は、カーバムナトリウム塩を有効成分とする液剤タイプの総合土壌消毒剤です。消防法上の危険物や毒物・劇物には該当せず、刺激臭が少ないため扱いやすいという特徴があり、水で希釈したうえで土壌に注入・灌流する方法のほか、土壌混和や土壌散布など複数の処理方法を選択できる点も特徴です。標準的な使用方法としては、耕耘した畑に所定の薬量を水で30倍から100倍に希釈し、深さ約15センチメートルの位置に注入間隔20センチメートル程度で注入したのち、直ちに覆土・鎮圧・被覆するやり方が推奨されています。処理後は7日から21日程度の被覆に加え、さらに3日から20日程度のガス抜き期間を設けてから播種・定植することが求められ、クロルピクリンやD-D剤との混用は避ける必要があります。

土壌くん蒸剤の正しい使用方法と被覆処理(ガスバリア性フィルム)

土壌くん蒸剤の効果を十分に引き出すには、薬剤処理後の被覆作業が欠かせません。ここでは被覆の役割と、効果を高める新しい資材、そして一連の施工手順を確認します。

ガスの漏出を防ぐ被覆作業の必要性と「ガスバリア性フィルム」の効果

土壌くん蒸剤を注入したあとは、消毒効果を最大限に高めるとともに、周辺への臭気やガス拡散を防ぐため、ポリエチレンなどのシートで速やかに被覆することが必須とされています。被覆が不十分であったり、被覆までに時間がかかったりすると、ガスが十分に土壌中にとどまらず消毒効果が下がるだけでなく、周辺住民や近隣の作物への被害につながる事故の主な原因にもなります。こうした課題に対応するため、農研機構などの研究機関は、慣行の農業用ポリエチレンフィルムと同等の幅・厚さ・強度を保ちながら、ガスを通しにくい機能を高めた「ガスバリア性フィルム」を開発しています。実証試験では、千葉県のスイカ栽培ほ場でクロルピクリンの使用量を減らしてガスバリア性フィルムで被覆した場合でも、慣行フィルムを使ったより多い薬量の処理時と同等かそれ以上のガス濃度が土壌気相中で維持されることが確認されました。徳島県のサツマイモ立枯病が激発したほ場での事例では、慣行フィルムでは10アール当たり1,400キログラムだった収量が、ガスバリア性フィルムの使用によって2,466キログラムまで増加し、病害の発生率も80.9パーセントから1.4パーセントへ大幅に低減しています。ガスバリア性フィルムはガス濃度を高く維持できる分、被覆を剥がす際にガスマスクを着用するなど、通常のフィルム以上に安全面への配慮が必要になる点にも注意が必要です。

薬剤処理から被覆・十分な放置期間・ガス抜き(耕起)までの具体的な施工手順

土壌くん蒸剤を使った消毒作業は、整地、薬剤の散布・注入、被覆、放置、ガス抜きという一連の流れで進めます。まず前作の茎葉や根などの残さをできるだけ取り除いたうえで畑を深く耕し、大きな土塊がないよう細かく砕いておきます。整地後、土が落ち着いてから薬剤を注入し、注入した穴は直ちに覆土したうえで、ポリエチレンシートなどで速やかに被覆します。被覆後は一定期間そのまま放置しますが、必要な期間は地温によって異なり、クロルピクリン剤の場合は平均地温25度から30度でおよそ10日、15度から25度で10日から15日、10度から15度で15日から20日、7度から10度で20日から30日が標準的な目安とされています。放置期間が終わったら、植え付け前に畑を数か所掘り、薬剤の臭いが残っていないことを確認したうえで被覆を除去し、臭いが残っている場合はさらに放置するか、耕起によって強制的にガス抜きを行います。ガス抜きが不十分なまま定植すると薬害が生じるおそれがあるため、この最終確認の工程を省略しないことが重要です。

安全使用上の注意事項と事故防止・環境対策

土壌くん蒸剤は効果が高い一方で、取り扱いを誤ると作業者や周辺住民に健康被害を及ぼすおそれがあります。ここでは保護具の使い方と、行政・業界団体による指導の取り組みを紹介します。

農薬用保護マスクの着用と中毒事故を防ぐための安全管理

土壌くん蒸剤の処理作業では、揮発したガスの吸入事故を防ぐため、吸収缶と面体からなる「土壌くん蒸用」の防護マスクと保護メガネを正しく着用することが基本になります。粉剤・液剤用として市販されている一般的な農業用マスク(防じんマスク)ではガス成分を防ぐ効果がないため、必ず土壌くん蒸剤に対応した専用の防護マスクを選ぶ必要があります。作業の際は風下から風上に向かって進める、気温の高い時期は朝夕の涼しい時間帯に行う、人家や畜舎が風下になる場合は作業を一時中止するといった基本動作も、ガスへの曝露を防ぐうえで欠かせません。農林水産省が公表している農薬の使用に伴う事故の発生状況では、土壌くん蒸剤について、処理後に直ちに被覆しなかったことや被覆が不十分であったことが事故の主な原因として指摘されており、被覆を要する土壌くん蒸剤の適正な取扱いを徹底するよう都道府県を通じた周知・指導が行われています。

行政・日本くん蒸技術協会等による指導体制と地域での安全徹底

ガス漏れや事故の防止に向けては、国や自治体、専門機関による重層的な指導体制が整えられています。農林水産省と厚生労働省などが毎年展開する「農薬危害防止運動」では、土壌くん蒸剤を含む農薬全般の適正な取扱いが重点項目の一つとして掲げられ、都道府県を通じた巡回指導や周知活動が行われています。一般社団法人日本くん蒸技術協会も、土壌くん蒸剤の安全対策を推進する事業を行っており、クロルピクリン剤の使用量が多い重点県では、植物防疫担当部局の推薦を受けた巡回指導員を委嘱し、協会が支給するガス検知管やパンフレットなどを活用しながら、担当地区の農家や販売店に対して土壌くん蒸作業全般にわたる安全対策の指導を行っています。あわせて安全講習会用のテキストやチラシの配布を通じて、現場の生産者や関係者が最新の安全基準を確認できる体制づくりも進められており、こうした行政と業界団体の取り組みが重なり合うことで、土壌くん蒸剤を安全に使い続けるための土台が支えられています。

化学農薬に頼らない「生物くん蒸」と土壌くん蒸剤の代替技術

近年は、化学合成された土壌くん蒸剤の代わりに、植物の力を利用して土壌病害虫を抑える「生物くん蒸」と呼ばれる技術にも関心が寄せられています。ここではその仕組みと実践上のポイントを紹介します。

緑肥作物を活用した「生物くん蒸」の仕組みと環境配慮へのメリット

生物くん蒸(バイオフューミゲーション)は、カラシナなどアブラナ科の緑肥作物を土壌にすき込むことで、植物由来の成分による土壌消毒効果を得る技術です。アブラナ科の作物にはグルコシノレートという成分が広く含まれており、これがすき込みによって組織中の酵素や土壌微生物によって分解されると、イソチオシアネートという物質が放出されます。このイソチオシアネートが土壌伝染性の病原菌やセンチュウに対して抑制的に働くことから、化学合成農薬に頼らない土壌消毒の選択肢として研究が進められてきました。日本国内では、ハウス栽培のホウレンソウ萎凋病やナス青枯病などを対象に、カラシナのすき込みと太陽熱を利用した土壌還元消毒を組み合わせる技術が試験研究機関によって検証されており、化学農薬の使用量を抑えながら環境負荷の低減にもつながる技術として位置付けられています。なお、実際の防除効果にはイソチオシアネート以外の分解過程で生じる有機酸なども関わっているとする研究報告もあり、単純にガスによる消毒とだけ捉えず、緑肥のすき込みが土壌環境全体に及ぼす効果として理解しておくことが大切です。

生物くん蒸のすき込みタイミング・ビニール被覆のポイントと実施上の注意点

生物くん蒸を実践する際は、対象とする作物や病害に応じて緑肥の栽培期間とすき込みの時期を調整することが重要です。例えばハウス栽培のホウレンソウでは、5月末から6月初旬にカラシナを播種して45日程度栽培したのち、1平方メートル当たり5キログラムを超える量をすき込み、圃場の容水量を超えるほどかん水したうえでビニールフィルムを被覆し、3週間程度そのまま置いて土壌を還元状態にしてから作付けを行う方法が報告されています。露地栽培のナスでは、2月下旬から4月上旬にかけてカラシナを育て、5月下旬に1平方メートル当たり4キログラムから8キログラム程度をすき込んでフィルムで被覆し、同様に3週間ほど放置してから6月中旬以降に定植する方法が確立されています。すき込む緑肥は細かく砕いて土とよく混和し、微生物との接触を高めることで分解を促進し、比較的高い土壌水分と温度を保つことが効果を安定させるポイントとされています。生物くん蒸は化学合成された土壌くん蒸剤に比べて即効性や汎用性の面で制約もあるため、対象病害の種類やほ場条件を踏まえたうえで、既存の防除技術と組み合わせながら導入を検討することが望ましいといえます。

まとめ

土壌くん蒸剤は、クロルピクリン剤やダゾメット剤、キルパー液剤といった薬剤ごとに異なる特徴を持ちながら、いずれも土壌中でガス化することで連作障害の原因となる病害虫や雑草種子を防除する農薬です。効果を十分に発揮させ、周辺への影響を抑えるためには、速やかな被覆とガスバリア性フィルムなどの資材の活用、地温に応じた放置期間の確保、そして定植前のガス抜き確認までの手順を丁寧に踏むことが欠かせません。作業にあたっては土壌くん蒸用の防護マスクなど適切な保護具を着用し、行政や日本くん蒸技術協会による指導体制も活用しながら、安全な取扱いを徹底することが求められます。あわせて、緑肥作物を用いた生物くん蒸のような化学農薬に頼らない技術も選択肢の一つとして知っておくと、ほ場の状況に応じた土壌消毒の幅を広げることができるでしょう。

参考文献

この記事を書いた人:

精密農業編集部

運営:
株式会社ARIJICS(監修:有路友一) 
https://arijics.com/company/founder/

精密農業編集部は、農業の現場で起きる「うまくいかない」「判断に迷う」といった状況に対して、原因や条件を整理し、考え直すための材料をまとめています。

農家の方が自分の圃場や条件に照らして判断できるよう、事実・前提条件・注意点を中心に情報を構成しています。

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