農作物に深刻な被害を及ぼす病害虫や雑草の中には、国が特に警戒すべきものとして法律に基づき指定している種類があります。それが「指定有害動植物」です。植物防疫法上の定義から代表的な病害虫・雑草の具体例、発生予察事業や防除命令の仕組み、検疫有害動植物との違いまで、本記事では体系的に整理して解説します。
指定有害動植物とは?定義と植物防疫法における役割
指定有害動植物とは、農作物等に深刻な被害を与える病害虫や雑草のうち、国や都道府県が特に警戒して予防・防除を図るべきものとして指定されている動植物です。植物防疫法という法律に根拠を持つ制度であり、国内の農業生産を守るための総合防除の出発点になっています。
植物防疫法における「指定有害動植物」の法律上の定義と概要
植物防疫法第22条は、指定有害動植物を「有害動物又は有害植物であって、国内における分布が局地的でなく、又は短期的でなくなるおそれがあり、かつ、急激にまん延して農作物に重大な損害を与える様態にあるため、その防除につき特別な対策を要するもの」と定義しています。この定義に該当すると判断された病害虫や雑草について、農林水産大臣が「指定有害動植物」として指定し、国及び各都道府県が発生予察事業の実施等の対策を講じることで、その総合防除の推進を図る仕組みになっています。指定は農林水産省消費・安全局植物防疫課が所管しており、令和5年4月1日時点の指定リストには157種類の有害動物・有害植物が掲載されています。指定された種類は寄主となる作物ごとに整理されており、稲、麦、果樹、野菜など幅広い作物区分にわたって具体的な病害虫名が列挙されています。
指定有害動植物に指定される基準と農作物への影響力
指定有害動植物として選ばれる基準は、広範囲に蔓延して農業生産に重大な損害を及ぼすおそれがある病原体、昆虫、その他の動植物や有害雑草であることです。単に発生が確認されているだけでは指定対象にはならず、分布が局地的にとどまらず全国的または広域的に急拡大する性質を持つこと、そして農作物に重大な経済的損害を与える様態にあることの両方が要件となります。この基準に基づき、指定有害動植物は寄主植物ごとに整理された一覧表として公表されており、いねに対してはトビイロウンカやいもち病菌など、かきに対してはアブラムシ類やうどんこ病など、対象植物を定めないものとしてはオオバコやハスモンヨトウなどが列挙されています。指定基準を満たす病害虫は年々見直しが行われており、新たな侵入病害虫や気候変動による分布拡大種が追加される可能性もある、流動的な制度として運用されています。
指定有害動植物の主な種類と代表例(病害虫・雑草)
指定有害動植物は水稲、果樹、野菜、畑作物など幅広い作物分野にわたり指定されており、令和5年4月時点で157種類が指定リストに掲載されています。ここでは代表的な病害虫と、近年新たに規制対象へ加わった雑草について具体例を挙げて解説します。
水稲・水耕作物に被害をもたらす主要病害虫(トビイロウンカ、スクミリンゴガイ等)
水稲を加害する指定有害動植物の代表例がトビイロウンカとヒメトビウンカです。いずれも東南アジア方面から気流に乗って飛来する飛来性害虫で、多発すると水田の一部が坊主状に枯れる「坪枯れ」を引き起こし、収量に深刻な打撃を与えます。ヒメトビウンカは縞葉枯病ウイルスを媒介する点でも警戒されています。加えてコブノメイガ、セジロウンカ、ツマグロヨコバイ、ニカメイガなども水稲の指定有害動植物として管理対象です。もう一つの代表例がスクミリンゴガイ、通称ジャンボタニシです。もともと食用として持ち込まれた外来種で、水田の稚苗を短期間で食い荒らし、欠株や生育不良の原因になります。水稲の指定有害動植物には病害も含まれ、いもち病菌、稲こうじ病菌、ごま葉枯病菌、白葉枯病菌、もみ枯細菌病菌、紋枯病菌などが指定リストに掲載されています。これらは発生予察事業を通じて全国の水田で継続的に監視されている病害虫群です。
野菜・果樹・畑作物の感染症・害虫(ツマジロクサヨトウ、クビアカツヤカミキリ、ウメ輪紋ウイルス等)
近年新たに国内へ侵入・定着した害虫として警戒されているのがツマジロクサヨトウです。南北アメリカ大陸原産のガの一種で、とうもろこしやソルガム、さとうきびなど80種類以上の作物に被害を与えます。1世代でおよそ500キロメートル、1晩で最大100キロメートルという長距離飛翔能力を持つことが知られており、日本では令和元年7月に鹿児島県で初めて確認された後、同年末までに西日本を中心とする21府県で発生が確認されました。果樹類を加害する代表例がクビアカツヤカミキリです。幼虫がサクラ、モモ、ウメなどバラ科樹木の幹の内部を食い荒らして木を枯死させる被害を引き起こすため、特定外来生物にも指定されている極めて警戒度の高い害虫です。ウイルス病の被害事例としては、核果類に感染するウメ輪紋ウイルス(プラムポックスウイルス)が挙げられます。日本では平成21年に東京都青梅市の吉野梅郷で国内初の感染が確認され、平成22年2月20日から植物防疫法に基づく緊急防除が開始されました。防除区域内ではウメ、モモ、スモモ、アンズなどサクラ属の生植物の持ち出しが禁止され、感染した樹木の伐採等が実施され、令和3年3月31日をもって緊急防除は終了しています。
繁殖力が高く農作物の生育を妨げる有害雑草
指定有害動植物という制度は、長らく病害虫を中心に運用されてきましたが、令和4年(2022年)4月22日に成立した植物防疫法の改正により、有害植物の定義の中に「草」として雑草が明記されることとなりました。これは農作物の光や養分を奪い生育を大幅に阻害する繁殖力の高い雑草を、法律上の規制対象として正式に位置づける改正です。背景には、年間およそ2,500万トンにのぼる輸入穀物に外来雑草の種子が混入し、水際検疫をすり抜けて国内に定着するリスクが指摘されてきたことがあります。この改正により、輸入検疫の段階で雑草の混入を防ぐ根拠が強化されるとともに、国内で既に発生している有害雑草についても、移動規制や発生予察、モニタリング調査、緊急防除といった指定有害動植物と同様の総合防除の枠組みで対応できるようになりました。植物防疫法における有害植物の定義に雑草が加わったことは、農地やその周辺で繁茂し農作物の生産性を大きく損なう植物についても、病害虫と同じ土俵で法的な防除対策を講じられるようになった重要な転換点といえます。
指定有害動植物発生予察事業と情報発表の仕組み
指定有害動植物への対策の中核を担っているのが発生予察事業です。病害虫の発生状況や気象条件、作物の生育状況を継続的に調査し、今後の発生動向を予測して関係者に情報提供することで、早期防除につなげる仕組みになっています。
発生予察情報(発生予報・注意報・警報・特殊報)の種類と役割
発生予察情報には予報、警報、注意報、特殊報の4種類があります。予報は病害虫の発生時期や発生量の見通しを示すもので、月1回程度の頻度で定期的に発表されます。警報と注意報は、病害虫が平年より著しく多く発生し、または発生が予測され、農作物に重大な損害を与えるおそれがある場合に、都道府県の判断で随時発表される情報です。警報は被害の程度がより深刻な場合に発表され、注意報はそれに次ぐ警戒レベルとして位置づけられています。特殊報は、それまで発生が知られていなかった病害虫が新たに確認された場合など、突発的・特異的な事象を知らせるために発表される情報です。これらの発生予察情報を作成するため、都道府県の病害虫防除所では予察灯やフェロモントラップを用いた定点調査、圃場を巡回して発生状況を確認する巡回調査などが日常的に実施されています。気候変動による害虫の分布北上や越冬可能域の拡大が指摘される中、発生予察情報の重要性は年々高まっています。
農林水産省・植物防疫所と都道府県(病害虫防除所)の連携体制
発生予察事業は植物防疫法第23条に基づき、国と都道府県が協力して実施する仕組みです。農林水産省消費・安全局植物防疫課と各地の植物防疫所が全体方針を示し、都道府県に設置された病害虫防除所が現地での定点調査や巡回調査を担当します。都道府県は指定有害動植物の総合防除計画を策定し、遵守すべき事項を定めることが植物防疫法第22条の3で求められており、収集された調査データは病害虫防除所から農林水産省へ報告され、全国的な発生状況の集約と情報発信に活用されます。異常発生のおそれがある場合には、植物防疫法第24条に基づき国や都道府県が防除を指導する仕組みも整えられています。近年では農林水産省が発生予察情報を扱う「予察情報API」を整備し、農業データ連携基盤WAGRIとの連携を進めるなど、現場の生産者や関係機関がより迅速に情報を活用できる体制づくりも進められています。
指定有害動植物への防除対策と総合管理(IPM)
指定有害動植物への対応は、化学農薬の散布だけに頼るのではなく、複数の防除手段を組み合わせて被害を抑える総合的な取り組みへと軸足を移しています。ここでは総合防除の考え方と、法律に基づく強制力のある防除措置の両面から解説します。
総合的病害虫・雑草管理(IPM)の実践と適切な農薬使用
総合的病害虫・雑草管理、いわゆるIPMとは、化学農薬だけに頼らず、耕種的防除、物理的防除、生物的防除といった複数の手段を組み合わせて病害虫や雑草による被害を経済的な許容水準以下に抑える考え方です。耕種的防除には輪作や抵抗性品種の導入、適切な圃場衛生管理などが含まれ、物理的防除には防虫ネットや黄色灯を用いた誘殺、生物的防除には天敵の活用などが挙げられます。これらを組み合わせた上で、必要な場合にのみ適切な農薬を選択して使用することがIPMの基本方針です。農林水産省は令和3年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定し、2050年までに化学農薬の使用量をリスク換算で50パーセント低減する目標を掲げており、指定有害動植物への対応においてもIPMの実践が強く推奨されています。農薬を使用する際には、同一の作用機構を持つ薬剤を連用すると抵抗性を持つ個体が発生しやすくなるため、薬剤の作用機構分類であるRACコードを確認しながら異なる系統の薬剤をローテーションで使用する指導も広く行われています。
病害虫の蔓延を防止する法的な防除命令・移動制限措置
指定有害動植物が特に蔓延するおそれが高い状態にある場合には、植物防疫法に基づき強制力を伴う措置が発動されることがあります。植物防疫法第24条の2から第24条の4では、国や都道府県が生産者に対して指導や助言を行うだけでなく、必要に応じて勧告や命令を行い、さらに立入調査を実施できる権限が定められています。具体的な措置としては、感染した植物や被害株の廃棄命令、指定された区域からの植物の持ち出しを禁止する移動制限などが挙げられます。実際の運用例として、ウメ輪紋ウイルスに対しては防除区域内でウメやモモなどサクラ属の生植物の持ち出しを原則禁止し、感染が確認された樹木については伐採等の措置がとられました。このように指定有害動植物に対する防除は、生産者の自主的な取り組みを促す指導助言の段階から、蔓延防止のために強制力を伴う命令や移動制限に至るまで、被害の深刻度に応じて段階的に対応が強化される仕組みになっています。
関連用語(検疫有害動植物・侵入警戒病害虫)との違いと最新動向
指定有害動植物と似た名称の制度に「検疫有害動植物」や「侵入警戒病害虫」があります。いずれも植物防疫法に基づく重要な区分ですが、対象とする病害虫の状態や講じられる対策の場面が異なります。ここでは各用語の違いと、近年の法改正の動向を整理します。
「検疫有害動植物」「侵入警戒病害虫」と「指定有害動植物」の位置付けの違い
検疫有害動植物は植物防疫法第5条に定義があり、まん延した場合に有用な植物に損害を与えるおそれがある有害動物又は有害植物のうち、国内に存在することが確認されていないもの、または既に国内の一部に存在し国により発生予察事業その他の防除措置がとられているものを指します。これは海外から日本への持ち込みを水際で阻止する植物検疫の対象であり、輸入時の検査や消毒、場合によっては輸入禁止といった国境での対策が中心になります。侵入警戒有害動植物は、まん延した場合に有用な植物に重大な損害を与える、または輸出を阻害するおそれがある有害動物又は有害植物のうち、国内での存在が未確認で特に侵入を警戒すべきもの、または一部地域にとどまり他地域への拡大を警戒すべきものを指す区分です。これに対して指定有害動植物は、植物防疫法第22条に基づき、既に国内に存在し分布が局地的にとどまらず急激にまん延するおそれがあるものを対象とする制度であり、国内で発生した後の防除、すなわち発生予察事業や総合防除を通じた国内対策に主眼が置かれています。まとめると、検疫有害動植物と侵入警戒有害動植物は主に水際対策、指定有害動植物は主に国内対策という役割分担になっており、同じ病害虫であっても侵入前後の段階に応じて異なる法的枠組みで管理される仕組みです。
近年の植物防疫法改正・気候変動に伴う指定動植物の見直しと最新リスク
指定有害動植物をめぐる制度は近年、複数の要因を背景に見直しが進められています。第一に、令和4年4月22日の植物防疫法改正により有害植物の定義に雑草が加わったことは、輸入穀物への混入や国内圃場での繁茂による被害という新しいリスクに対応するための重要な制度変更でした。第二に、地球温暖化に伴う気温上昇や冬季の低温期間の短縮により、これまで越冬できなかった害虫が国内で越冬・定着しやすくなる事例が報告されています。都道府県の病害虫防除所では、こうした分布域の変化を継続的にモニタリングし、必要に応じて指定有害動植物のリストや総合防除の方針を見直す運用が行われています。第三に、国際物流の拡大に伴い、ツマジロクサヨトウのように短期間で全国に拡大する侵入病害虫が今後も出現する可能性があり、水際検疫と国内の発生予察事業を組み合わせた重層的な監視体制の重要性が一層高まっています。指定有害動植物の制度は固定的なものではなく、こうした気候変動や国際的な人・物の移動の変化に応じて、指定内容や総合防除の基本指針が継続的にアップデートされていく制度であるという点を理解しておくことが重要です。
まとめ
指定有害動植物は、植物防疫法第22条に基づき国が指定する、国内農業に重大な損害を及ぼすおそれのある病害虫や雑草の総称です。水稲のトビイロウンカから近年侵入したツマジロクサヨトウ、そして2022年の法改正で新たに対象となった雑草まで、指定の対象は時代とともに広がってきました。発生予察事業を通じた早期発見と、IPMによる総合的な防除、そして必要な場合の法的な移動制限措置が組み合わさることで、指定有害動植物による被害の拡大が防がれています。検疫有害動植物や侵入警戒有害動植物との違いを理解し、水際対策と国内対策の両輪で農作物を守る仕組みを把握しておくことが、今後の農業経営においても役立つはずです。
参考文献
- 農林水産省「指定有害動植物について」(IPMフォルダ収録資料、更新日:令和5年4月1日)
- 農林水産省植物防疫所「指定有害動植物の総合防除を推進するための基本的な指針」(令和4年11月15日農林水産省告示第1862号)https://www.maff.go.jp/pps/j/law/houki/kokuji/230112.html
- 農林水産省「我が国の検疫有害動植物の定義と国際基準との比較」https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/keneki/k_kenkyu_kai/02/pdf/data2.pdf
- 農林水産省「ツマジロクサヨトウに関する情報」https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/keneki/k_kokunai/tumajiro.html
- 農林水産省「プラムポックスウイルス(ウメ輪紋ウイルス)の緊急防除の概要」https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/keneki/k_kokunai/ppv/ppv_outline.html
- 黒川俊二「有害植物の定義に追加された’草’:植物防疫法の改正で何が変わるのか」『草と緑』14巻、2022年、DOI: 10.24463/iuws.14.0_1 https://www.jstage.jst.go.jp/article/iuws/14/0/14_1/_article/-char/ja
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