水稲防除とは?病害・害虫・雑草を生育ステージ別に防ぐ基本の考え方と年間の流れ

水稲防除とは、いもち病やカメムシ類などの病害虫、そして水田雑草から稲を守り、収量と品質を安定させるための一連の作業体系です。農薬の剤型選びや散布のタイミング、水管理、耕種的な工夫、さらにはドローンを使ったスマート農業まで、対象は多岐にわたります。本記事では水稲防除の全体像を、生育ステージに沿った年間の流れとして整理します。各論点の詳細な手順や数値基準は、テーマ別の記事で個別に取り上げています。

目次

水稲防除の定義と目的:なぜ「品質」と「収量」に直結するのか

水稲防除とは、病害・害虫・雑草という3つの被害要因から稲を守るための管理行為全般を指します。放置すれば減収だけでなく、玄米の見た目や食味に関わる品質低下も招くため、生産者にとって収益に直結する作業といえます。何を、いつ、どう防ぐかという判断の積み重ねが、最終的な収穫量と等級を左右します。

防除の3大対象:主要な病害(いもち等)・害虫(カメムシ等)・水田雑草の被害メカニズム

水稲防除が対象とする被害の1つ目は病害です。いもち病はカビの一種であるイネいもち病菌によって引き起こされ、葉や穂に病斑を作り、重症化すると穂首が折れて収穫できなくなります。2つ目は害虫で、代表格はトビイロウンカと斑点米カメムシ類です。トビイロウンカは例年6月から7月にかけて大陸から飛来する移動型(長翅型)成虫が発端となり、飛来後のほ場で定着型(短翅型)が急激に増殖して株元を吸汁し、ひどい場合は稲がまとまって枯れる坪枯れを引き起こします。斑点米カメムシ類は籾を吸汁加害することで黒色や茶色の斑点がついた「斑点米」を生じさせ、全国で30種以上が確認されています。3つ目は水田雑草で、ノビエをはじめとする雑草が稲と光や養分を奪い合い、生育を阻害します。この3つの被害要因はそれぞれ発生時期も対策の考え方も異なるため、水稲防除では病害・害虫・雑草を一体として捉えたうえで、それぞれに合った時期と方法を選ぶ視点が必要になります。

斑点米や減収を防ぐための「予防防除」と気候変動に伴う発生予察の重要性

水稲病害虫防除対策全国協議会の会議資料では、近年の温暖化等の影響によって病害虫の発生時期の早期化、発生量の増加、発生地域の拡大がみられ、従来の防除体系では被害を防ぎきれなくなっている状況が指摘されています。実際にトビイロウンカは、気温が高く雨が少ない年には発生量が増加する傾向があるとされ、暖冬の影響で越冬した外来種のスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)による食害が複数地域で増加した年もありました。被害が目に見えてから薬剤を散布する対症的な防除では手遅れになりやすいため、都道府県の病害虫防除所が発信する発生予察情報を日常的に確認し、飛来や発生が予測された段階で薬剤散布や水管理を行う「予防防除」の考え方が重視されています。気候変動によって病害虫の行動パターンが年ごとに変化しやすくなっている以上、過去の経験則だけに頼らず、その年の予察情報に基づいて判断することが欠かせません。

品質・収量を安定的に確保するための適切な防除タイミングの意義

病害虫にも雑草にも、防除効果が最大化する生育ステージ、いわゆる適期が存在します。同じ薬剤を使っても、対象の生育段階からずれて散布すれば効果は大きく低下し、余分な散布回数が増えてコストもかさみます。反対に、対象作物・病害虫それぞれの適期を正確に捉えて防除を行えば、少ない散布回数でも高い効果を得られ、農薬費用や労力を抑えながら品質と収量を両立できます。空中散布における具体的な時間帯や気象条件の判断基準については、別記事「空中散布の適期はいつ?」で詳しく解説しています。

薬剤(農薬)の剤型と散布手法の多様な選択肢

水稲用の農薬には多様な剤型があり、散布する時期や方法によって使い分けられています。剤型ごとの特性を理解することが、防除計画を立てる第一歩になります。同じ有効成分でも剤型が異なれば散布の手間や適した機具が変わるため、経営規模に合った選択が求められます。

粒剤・粉剤・液剤・ジャンボ剤:それぞれの剤型特性と効果的な使い分け

水稲用農薬の剤型には、水に溶けやすい粒状の1キロ粒剤、水面に投げ入れて溶けながら広がるジャンボ剤、少量の水で希釈して散布する乳剤やフロアブル(懸濁製剤)、粉のまま散布する粉剤、そして少量で散布できるミニペレット(250グラム粒剤)などがあります。粒剤やジャンボ剤は畦畔から手で投げ入れるだけで済むため省力的で、広い面積を持つ生産者に選ばれやすい一方、乳剤やフロアブルは動力噴霧機やドローンでの散布に適しており、ピンポイントでの防除やムラの少ない散布を行いたい場合に向いています。剤型の選択は、経営規模や労働力、散布したい範囲の広さによって変わってきます。

散布タイミングによる分類:育苗箱処理と本田処理(初期・中期・一発剤)

農薬は剤型だけでなく、散布するタイミングによっても分類されます。育苗箱処理剤は苗を本田に移植する前、育苗箱の段階で処理する薬剤で、移植後しばらくの間、病害虫や一部の雑草を予防する効果を持たせられます。本田処理の除草剤は、田植え直後から使う初期剤、初期剤より遅れて使う中期剤、そして初期と中期の両方の効果を1回の散布でまかなう一発処理剤に分かれます。一発処理剤はさらに、田植え直後からノビエの2葉期までに散布する初期一発剤と、田植えから7日以上経過してから散布する初中期一発剤に分かれ、いずれも30日から50日程度効果が持続するように設計されています。中期剤は初期剤散布後に発生する遅れ雑草を対象とし、ノビエが3葉から4葉期に達するまでの間に使用するのが一般的です。

散布機具の進化:動力散布機、乗用管理機からドローン・無人ヘリによる空中散布まで

散布に使う機具も、担いで歩きながら散布する動力散布機から、トラクターに搭載する乗用管理機、さらには無人ヘリコプターやドローンによる空中散布へと選択肢が広がっています。空中散布は歩行が難しい広い面積を短時間で処理できる利点がある一方、風速や飛行高度など無人航空機特有の安全基準に従う必要があります。ドローンと無人ヘリの違いや使い分けの考え方は、別記事「空中散布と無人航空機の違い」で詳しく取り上げています。

水稲の生育ステージに合わせた防除スケジュール(年間マップ)

水稲防除は、播種から収穫まで一続きの流れとして計画する必要があります。生育ステージごとに狙うべき対象と使う薬剤が変わるため、年間の見取り図を持っておくことが重要です。ここでは播種期から登熟期までを3つの段階に分けて、それぞれで意識すべき防除の要点を整理します。

播種・育苗〜田植え前後:初期の病害虫・雑草を封じ込める「育苗箱処理」と初期剤

育苗期から田植え直後にかけては、育苗箱処理剤によって苗を病害虫から守りながら、田植え後は初期除草剤でノビエなど早く発生する雑草を封じ込める時期です。育苗箱処理剤は苗の段階でまとめて処理できるため、本田での作業負担を軽減できる利点があります。田植え直後の水田は水深が浅く不安定になりやすいため、除草剤の効果を安定させるには、この段階での水管理も重要になります。

分げつ期・幼穂形成期:除草の仕上げ(中・後期剤)と追肥、中干し時の管理

稲の茎数が増える分げつ期から、穂のもとができる幼穂形成期にかけては、初期剤で防ぎきれなかった雑草を中期剤や後期剤で仕上げる時期にあたります。ノビエの葉齢は1葉ごとに区切って数えられ、3葉期までに効く一発処理剤であれば2.5葉期までに、2.5葉期までに効く剤であれば2葉期までに散布するなど、適用範囲の上限より早めに使うことが安定した効果につながるとされています。畦畔から見えるノビエの葉齢だけで判断すると、水田の中にはより生育の進んだ株が隠れている場合があるため注意が必要です。この時期は同時に、稲の根の活力を高めて倒伏を防ぐための中干しや追肥の管理も重なるため、除草作業と水管理の計画を合わせて立てる必要があります。

出穂前後〜登熟期:カメムシ・いもち病・ウンカを叩く最重要時期とピンポイント防除

出穂前後から登熟期にかけては、カメムシ・いもち病・ウンカという水稲防除における最重要局面です。農林水産省消費・安全局植物防疫課長・農産局穀物課長が発出した「令和6年の水稲生産における害虫防除について」では、トビイロウンカは各世代の幼虫期にタイミングを捉えた防除が効果的とされ、イネカメムシは穂揃い期以降ではなく出穂期に防除することが重要とされています。斑点米カメムシ類全般は主に穂揃い期以降の籾を吸汁するため、穂揃い期以降の防除が基本です。いもち病については、穂いもち防除を出穂直前と穂揃期の2回行う体系が基本とされています。この時期は複数の病害虫の適期が重なりやすいため、それぞれのタイミングを見極めたうえで防除の優先順位をつける必要があります。時期ごとの詳しい判断基準は、別記事「空中散布の適期はいつ?」でも扱っています。

除草効果を最大化する「水管理」と「気象条件」の読み取り方

除草剤の効果は、薬剤そのものの性能だけでなく、散布時の水管理と気象条件によって大きく左右されます。同じ薬剤でも、条件次第で効果に差が出ることを踏まえておく必要があります。水管理と気象条件の両方を読み違えると、適切な剤を選んでも期待した効果が得られません。

水深3〜5cmの維持と止水期間:除草剤の成分を土壌に定着させるコツ

移植時や初期の除草剤を使う際は、水深をおおむね3センチメートルから4センチメートルに保ち、薬剤の処理層が土壌表面にとどまるようにすることが重要です。散布後は一定期間、水を落とさずに止水を保つことで、有効成分が土壌にしっかり定着し、雑草の発芽や初期生育を抑える効果を発揮します。逆に散布直後に水を落としたり、大雨で水があふれたりすると、薬剤が流れ出て効果が下がるだけでなく、周辺の水系への流出にもつながるため注意が必要です。

散布に適した時間帯と天候:気温・風速・朝露・降雨リスクの現場判断基準

除草剤や殺虫剤の効果を左右するもう1つの要素が、散布時の気象条件です。気温が低すぎると薬剤の吸収が遅れ、風が強いと薬液が周辺にドリフト(飛散)してしまいます。朝露が残っている時間帯や降雨の直前・直後は、薬剤が流れ落ちたり希釈されたりして効果が下がりやすいため避けるべきとされています。空中散布における具体的な時間帯・風速の判断基準は、別記事「空中散布の適期はいつ?」で数値とともに解説しています。

圃場特有の「ズレ」を補正する技術:ノビエ葉齢の見極めと出穂期に合わせた微調整

同じ地域であっても、圃場ごとに田植え時期や水温、日照条件が異なるため、雑草の生育スピードや稲の出穂時期には圃場ごとのズレが生じます。畦畔から見えるノビエの葉齢を目安にしつつ、実際にほ場の中に入って生育の進んだ株がないかを確認し、必要であれば散布時期を数日単位で前後させる微調整が求められます。出穂期についても、地域の平均的な目安だけに頼らず、自分の圃場の実際の生育ステージを見て防除のタイミングを合わせることが、効果を安定させる鍵になります。

農薬だけに頼らない「耕種的・生物的・物理的防除」の体系

水稲防除は薬剤散布だけで成り立っているわけではありません。栽培方法や資材の工夫によって病害虫や雑草の発生自体を抑える耕種的・生物的・物理的な手法も、防除体系の重要な一部です。薬剤散布と組み合わせることで、農薬の使用量を抑えながら安定した効果を得ることができます。

耕種的防除:丁寧な代かき、秋耕、および病害虫に強い「抵抗性品種」の導入

耕種的防除とは、作物の栽培方法や品種、圃場の環境条件を適切に選ぶことで、病害虫が発生しにくい条件を整え、被害を軽減する方法です。代かきは田面を平らにし土壌を膨軟にする作業ですが、丁寧に行うことで雑草の種子を土中に埋め込み、発芽を抑える効果も期待できます。収穫後の秋に田を耕す秋耕も、越冬する病害虫や雑草の種子を減らす効果があるとされています。品種面では、イネ縞葉枯病のように抵抗性品種と薬剤防除を組み合わせた総合防除技術の開発が進められており、産地の被害状況に応じて抵抗性品種を導入すること自体が有効な防除手段になります。

生物的・物理的技術:深水管理、アイガモ農法、および「アイガモロボ」による雑草抑制

水を深く張って雑草の発芽を物理的に抑える深水管理や、アイガモを水田に放して雑草や害虫を食べさせるアイガモ農法は、古くから行われてきた薬剤に頼らない防除技術です。近年は、農研機構と有機米デザイン株式会社、東京農工大学、井関農機株式会社が共同開発した水田用自動抑草ロボット「アイガモロボ」も実用段階に入っています。太陽光を動力にGPSで水田内を自動走行し、水を撹拌して雑草の生育を抑えるしくみで、全国の実証試験では除草労力が従来の有機栽培と比べて58%減少し、収量は10%増加したという結果が報告されています。2025年からは改良と全国展開を目指す新たな共同事業も始動しており、除草作業時間の8割削減を目標に掲げています。

直播栽培における特有の防除体系:リゾケア等のコーティング技術と水管理

育苗や田植えの工程を省く直播栽培では、種子を直接水田に播くため、通常の移植栽培とは異なる防除体系が必要になります。種子を成長調整剤や殺菌剤、殺虫剤でコーティングする資材を使えば、苗立ちを安定させながら苗腐病やイネミズゾウムシなどへの初期防除を同時に行うことができます。直播栽培の水管理は、播種後に落水状態を保ってから速やかに入水し、その後は止水したまま自然に水位を落とし、稲が不完全葉期に達したことを確認してから再び湛水するという独特の手順を踏む必要があり、移植栽培以上に水管理そのものが防除の一部として組み込まれています。

スマート農業による効率化:ドローン散布の導入と運用管理

近年は、ドローンを使った空中散布の普及によって、水稲防除の省力化が進んでいます。導入や運用にあたって押さえておきたい考え方を整理します。自己保有と代行サービスのどちらを選ぶかによって、コストの構造も大きく変わってきます。

ドローン防除のメリット:田んぼに入らない作業の省力化と適期散布の両立

ドローンによる防除の最大の利点は、生産者自身が田んぼに入って歩く必要がなく、短時間で広い面積を処理できる点です。地上散布では作業に時間がかかり、適期を逃してしまうケースもありますが、ドローンであれば発生予察情報をもとに判断した適期に合わせて素早く散布できるため、省力化と適期散布の両立がしやすくなります。ドローンと無人ヘリそれぞれの特性や使い分けの詳細は、別記事「空中散布と無人航空機の違い」で解説しています。

散布代行サービスの活用:業者選びのポイントとコストパフォーマンスの考え方

自分でドローンを保有せず、散布代行サービスを利用する生産者も増えています。代行サービスにはJA(農業協同組合)が提供するものと民間業者が提供するものがあり、料金は1ヘクタールあたり2万円から3万円程度が目安とされています。年間の散布面積がおおむね20ヘクタール未満であれば代行サービスを利用したほうがコスト面で有利になりやすく、40ヘクタールを超えるあたりから自己保有のほうが割安になる傾向があるとされています。業者を選ぶ際は、料金だけでなく、散布前に現地調査を行い圃場の形状や隣接農地の状況を確認してくれるかどうかも、安全な散布を左右する重要な判断材料になります。使用する登録農薬の確認方法については、別記事「空中散布に使える登録農薬」で取り上げています。

防除記録の管理とGAP(農業工程管理)への対応:安全な米作りの見える化

農業生産工程管理(GAP)は、栽培・施肥・防除計画の作成から記録、点検、評価までを一連の流れとして行う持続的な改善活動です。農林水産省は食品安全・環境保全・労働安全・人権保護・農場経営管理の5分野を満たす国際水準GAPの取り組みを推進しており、GAP認証を取得する場合には、使用した農薬の種類や散布日、散布量を記帳台帳に記録することが求められます。ドローンによる散布代行サービスの中には、散布後の記録管理までサポートするものもあり、こうしたサービスを活用すれば、GAPに対応した「見える化」を効率的に進めることができます。

まとめ

水稲防除とは、いもち病・カメムシ類・トビイロウンカといった病害虫と、ノビエをはじめとする水田雑草から稲を守り、収量と品質を両立させるための一連の管理体系です。剤型や散布タイミングの選択、生育ステージに沿った年間スケジュール、水管理と気象条件の読み取り、耕種的・生物的な防除技術、そしてドローンによるスマート化まで、対象は多岐にわたります。それぞれの論点をさらに詳しく知りたい場合は、空中散布の適期、登録農薬の確認方法、ドローンと無人ヘリの違いを扱った各記事もあわせてご参照ください。

参考文献

  • 農林水産省消費・安全局植物防疫課長・農産局穀物課長通知「令和6年の水稲生産における害虫防除について」
  • 水稲病害虫防除対策全国協議会資料
  • 斑点米カメムシ類の被害と防除対策
  • 農林水産省「水稲の病害虫防除」
  • 茨城県「水稲の耕種的防除法」
  • 農研機構「水田用自動抑草ロボット『アイガモロボ』の抑草効果を実証」
  • JA全農大阪「ノビエの葉齢の数え方について」
  • 農林水産省「農業生産工程管理(GAP)に関する情報」

この記事を書いた人

精密農業編集部

精密農業編集部は、農業の現場で起きる「うまくいかない」「判断に迷う」といった状況に対して、原因や条件を整理し、考え直すための材料をまとめています。

農家の方が自分の圃場や条件に照らして判断できるよう、事実・前提条件・注意点を中心に情報を構成しています。

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